週末の過ごし方

書家・根本 知さんと巡る
老舗の看板を読み解く
【第1回 日本橋】

2026.06.05

書家・根本 知さんと巡る<br>老舗の看板を読み解く<br>【第1回 日本橋】

江戸の中心地であり、すべての街道の出発点である「日本橋」。堂々とした麒麟像やライオンの銅像で飾られた橋の橋脚に刻まれているのは、漢字の「日本橋」とかなの「にほんばし」の文字。徳川家最後の将軍・徳川慶喜が揮毫(きごう)したものだ。

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書家・根本 知さんが日本橋の字を解説。なにげなく見ている文字に隠されたものとは?

最後の将軍・徳川慶喜の書の特徴は?

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「堂々とした字ですね。この橋が架けられたのは、1911(明治44)年ですから、慶喜の晩年近くに書いたものでしょう」と語る書家の根本 知さん。「筆先の浮き沈みまで、忠実に再現する彫りも見事です」と続ける。

まず漢字から見ていこう。「一番の特徴は、右の払い。ぐっと止まっていて、流れていないですよね。本も、橋も右の払いは同じように書かれています。それに対して、左の払いは、筆を軽く上げているのがわかりますし、少し長めに書いていますね。素直な字で、慶喜が童心に帰って書いたものではないかと思われます」

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筆先が軽く上げるように書かれた左の払い。慶喜の筆の運びを忠実な彫りで再現している。

慶喜は天才的に書が上手だった!

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というのも、と続ける根本さん。「慶喜の6歳の頃の書が残っている(注:下田開国記念館蔵)のですが、とてもうまい! 晩年に書いた『日本橋』の字に共通点も見受けられます」

水戸・徳川家から一ツ橋家に迎えられた慶喜は「水戸学」(注:水戸藩で作られた学風。第二代水戸藩主・徳川光圀によって始められた『大日本史』の編纂や、第九代藩主・徳川斉昭のもとで発展した尊王攘夷思想で知られる。慶喜は後期水戸学の中心人物・会沢正志斎に漢籍を学んだといわれる)をたたき込まれたため、漢籍に通じており、その知識が書にも表れていると言う。「鋭い線、太細の強弱から見ても、漢籍へのリスペクトが見えます。使用している筆も唐筆で、弾力のあるしなやかな線が書けています」。ほかにも慶喜60代の頃の扁額(注:大國魂神社蔵)を根本さんは絶賛。

「こちらは紙巻筆を使用していると思われ、一気呵成に書かれています。たっぷりとした線、勢いのある払いや点、見事な書です」

「これだけうまい慶喜が書いた『日本橋』の漢字は、素朴に見えますが、晩年、肩の力が抜けて温和な心持ちになったときのもの。つまり童心に戻った素直さが表れているのだと思います」

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かなの「にほんばし」の謎

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細めの筆で書かれたと思われる「にほんばし」の平仮名。

橋の反対側には、ひらがなで「にほんばし」と書かれている。こちらも慶喜のものだが、「いいですねぇ、線が美しい、丁寧に書かれています」と根本さん。「『に』の最初の入筆は、ぐっと力が入り、作りは丸みが少なく平行気味に書かれています。これは『に』の字母(注:平仮名の元となった漢字のこと)『仁』を意識したものですね」。「ほ」の入筆は上の字を受けて柔らかく、「ほ」の丸い部分は、筆先を上げて潰れないようにしながら、毛先をひっくり返すという、かなの理想的な筆遣いだと根本さん。

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平仮名と変体仮名の組み合わせの妙

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左が「は」。字母は「者」。右は「し」。字母は「之」で、2画で書かれているのが特徴。

続く「ばし」は「は」「し」の変体仮名が使用されている。

1900(明治33)年に、明治政府が「小学校令施行規則」を制定。48種の平仮名が決められ、それまで多く使われていた変体仮名が廃止された。「この文字が書かれた当時は、まだ変体仮名が普通に読まれていた時代。「ば」は「は」と書かれる「者」、「し」は「之」の変体仮名です。つまり、慶喜は『にほん』は明治政府が定めた平仮名を使い、皆が読めるようにと気遣い、『ばし』は橋そのものが目の前にあるので、わざわざ平易に書くことはないと変体仮名を使ったのだと思われます。教養の表れですね」

激動の時代を生きた徳川慶喜。「日本橋(にほんばし)」の文字に、最高の教育を受け、英明で知られた慶喜の知性を感じると根本さん。

日本橋を通る際は、ぜひその文字に目を留めていただきたい。

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橋のたもとにある銅板には、日本橋の由来や設計についての説明が書かれている。
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根本 知(ねもと さとし)
書家、立正大学文学部特任講師、博士(書道学)。教鞭を執るかたわら、かな書道の講座を主宰。「グランドセイコー」リニューアルイメージ作品揮毫(2018年)、ニューヨークにて初個展「flow」(2019年)。NHK大河ドラマ『光る君へ』では題字と俳優の書道指導を担当(2024年)。「神田祭」題字揮毫(2025年)ほか。著書に『本阿弥光悦の書 宗達下絵との調和』(2026、雄山閣)、『10の法則で読む くずし字入門』(2025、淡交社)ほか多数。

Text: Kyoko Tomikawa (emu)
Photograph: Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)

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