特別インタビュー
世界的現代アーティスト、Wang Yan Chengが
和光で見せる「次のステージ」
2026.10.02
中国出身でフランスを拠点に活動する現代アーティスト、Wang Yan Cheng。世界各地で作品を発表し、日本では2024年に東京国立博物館 表慶館で個展を開催した。そんなWang氏が今年11月19日(木)からは和光本店 地階「アーツアンドカルチャー」で新作を発表する。世界中で支持される現代アーティストは、いかにして現在の表現にたどり着いたのか。これまでの歩みや作品、そして新たな挑戦について聞いた。
自由を求め、フランスへ。自らの絵画をつかむまで
紙の上では色鮮やかな絵の具が重なり、しみ、走っていく。何が描かれているのか。その意味をつかもうとすると軽やかに裏切られる。
「僕が目指す絵画の境地を、中国語で『我行我素』と言います。人に構わず我が道を進むという意味です。そうすることで、絵画は『真言』になります」
中国出身でフランスを拠点に活動する現代アーティスト、Wang Yan Cheng。いかにして現在のような抽象絵画にたどり着いたのか。その道のりを尋ねると、まずは幼い頃の記憶を話してくれた。
「石油関係の企業を営む父のもとで育ちました。父は書が大好きで、自分でも書く一方、董其昌や文徴明、祝枝山といった名だたる書家の作品も収集していました。また、隣家には映画美術の仕事をしながら絵を描いている人がいて、そうしたさまざまな影響からアートに目覚めていきました」
しかし当時の中国では、西洋の現代絵画に触れる機会はほとんどなかったという。大学に進学した頃も、描いていたのは具象的な絵だった。
「その頃は油絵を描いていましたが、そのルーツである西洋の現代絵画に興味を持ち始めました。僕が学生だった80年代初めになると、中国も改革開放の時代に入り、少しずつ自由な雰囲気になっていき、大学の図書館でも海外の美術書に触れる機会が増えてきたんです」
徐々に開かれ、文化的にも変わりつつあった祖国。一方でWang氏は、フランスで美術を学ぶことを決心する。
「20世紀以降、フランスは西洋絵画を牽引(けんいん)してきたので、憧れを感じていました。また、多民族国家でさまざまな価値観を持つ人々が暮らしていながら、歴史的な文献や資料も大切に保存している。伝統を守りながら、未来に対しては開放的で自由。そこが僕にとって最も魅力的でしたね」
しかし、自由な環境に身を置いたからといって、自分自身もすぐに自由になれたわけではない。
「足枷が取れるまでには、結局20年から30年くらいかかったと思います。それもフランスだけで振り払えたのではありません。アメリカやアフリカ、アラブ、そして日本を含むアジアの国々を行き来し、さまざまな文化と向き合いながら、自分自身を統合していった。そうしてようやく、それまで『こうでなければならない』と思っていたものを脱ぎ捨てることができました。異なる文化を自分のなかでどう消化し、自分自身のビジュアル言語にしていくのか。ずっとそのことに向き合ってきたんです」
執念の「念」を脇に置き、自由に描くこと
絵画の上で、自由であること。Wang氏は描くとき、具体的なイメージや風景を思い浮かべたり、あらかじめ手法を決めたりするのだろうか。そう問いかけようとした矢先、Wang氏は諭すように口を開いた。
「見たいものほど描きません。どんなに見ても何か分からないものを描き続けてきました。それから、どのくらい時間をかけたのか。さっと描いたのか、考えながらじっくり描いたのか。それすらも分からないようにしています。なぜ僕が抽象化して描いているのか。それは、描かれたものではなく、絵から発せられるエネルギーを感じてほしいからです」
意味から解放され、自由に色を重ねていく。もしかしたら、子どもが絵を描くときのように簡単な印象を受けるかもしれない。しかしそれは、あらゆる制約や物差しのない場所に身を置くことでもある。
「制作するうえで常に心がけているのは、執念の『念』をいかに脇に置くかということです。『こう描きたい』『絵画とはこうあるべきだ』。そういった念を捨て去ることが大事なんです。長年培ってきた技術は、自分の内側に取り込まれ、血肉となっていきます。しかし、その技術によって見せる絵を描くのではなく、そこからさらに解放される。そうしたときに初めて、生き生きとした自分自身のビジュアル言語が、キャンバスの上に自然と浮かび上がってくるのです。そのために、僕は常に絵画との対話を続けてきました」
その姿勢は、幼い頃から変わらないのかもしれない。書を愛する父のもとで育ったWang氏は、子どもの頃、父からたびたび墨をするように言われていたという。
「父から『墨をすりなさい』と言われるのが嫌で嫌で(笑)。だから子どもの頃は、水墨画なんて絶対に描きたくないと思っていました。僕は昔から誰かに『ああしろ、こうしろ』と指図され、支配されるのが本当に嫌だったんです。それは社会の枠組みであったり、他者からの期待であったりします。僕にとって自由な魂とは、宇宙に対する尊敬と認知でもある。宇宙を認知するためには、自由な魂が必要だと思っています」
冒頭でWang氏が語った「我行我素」という言葉が改めて思い出される。既存の価値や様式に従うのではなく、自分自身の感覚を信じ、自らの絵画言語を探していく。そして、それがWang氏の言う「真言」へとつながっていく。
「作品は自分の息子のようなものだと思っています。僕の絵は、誰かのコピーでも継承でもありません。多くの人が作品を見たときに、何々派、何々主義ではなく、そこに『生命の痕跡』があることに触れ、感動してくれます。知識を学べば学ぶほど、伝統的な絶対の価値が自分の軸になってしまうことがありますが、それでは新しい世界を発見できなくなってしまうんです」
主体と主体がぶつかり合うことで生まれるアート
Wang氏が描く「生命の痕跡」を、2026年11月19日から銀座・和光本店 地階で体験できる。株式会社和光の代表取締役社長・庭崎紀代子氏が、Wang氏との出会いを振り返ってくれた。
「和光では、これまで現代アーティストの展示はあまり行ってきませんでした。だからこそ、一度現代アートにもチャレンジしてみたいと思っていたんです。ただ、なかなか『この人だ』と思えるアーティストに出会えなくて。そんなときに2024年に東京国立博物館で開催された個展を拝見しました。作品からすごくエネルギーを感じましたし、せっかく展示するなら、見た人が明るい気持ちになれるものにしたいと思い、ぜひお願いしたいと。その頃、ちょうどワンさん自身も次のステージについて考えていて、新作を発表していただけることになりました。本当に幸運なタイミングだったと思います」
では、Wang氏が見据える「次のステージ」とは、いったいどのようなものなのだろうか。
「和光という歴史ある場所が僕を受け入れ、このような機会をくれたことを本当に嬉しく思っています。この場所だからこそ生まれるダイナミズムを伝えられたらと思っています。実は今回、僕の中にはいくつか隠れたテーマがあります。そのひとつが『双主体性』。絵画では、描く画家だけが唯一の主体なのではなく、キャンバスそのものにも主体がある。その二つの主体が衝突する『インパクト』を、和光では表現したいと思っています」
今回、その「もうひとつの主体」として重要な役割を担うのが、絵画を受け止める支持体だ。Wang氏は新作のために厚みと耐久性を持つ特殊な紙を使用。その上に絵の具を厚く塗ることで独特の表情を作っていった。その重さを受け止めるためには、「足腰の強い紙」が必要なのだという。
「キャンバス自体にも磁場があるんですよ。エネルギーが発生し、生成される場でもある。人間も一人ひとりが磁場のようなものを持っています。その伝え方は人それぞれですが、僕は絵画だからこそできる見せ方をしてきました。二つの主体がぶつかり合い、そのインパクトを最大限に引き出した作品をお見せできると思います」
今回の展覧会タイトルは「CORE―Beyond Time」。Wang氏は、あらゆる物質にはそれぞれ異なる波長があり、それらが複雑に絡み合うことで生まれるエネルギーを「Core」と捉えているという。 では、もうひとつの言葉「Beyond Time」には、どのような意味が込められているのだろうか。Wang氏は、今回発表する一枚の作品を指しながら話してくれた。
「この作品を見てほしい。平面で見ると分かりにくいかもしれませんが、かなり厚塗りをしています。赤い部分は垂れ落ちるように描いているのですが、ミロのヴィーナスの失われた腕からインスピレーションを受けています。腕が断ち切られたその先を、多くの人は想像するでしょう。この赤が滴り落ちることで、そこに流れた時間の持続や、その先へとつながっていくものを想起してほしいです」
作品が展示されるのは、和光本店 地階「アーツアンドカルチャー」の中心に位置する「時の舞台」だ。杉本博司氏と榊田倫之氏による新素材研究所が設計したこの空間には、樹齢千年を超える巨大な霧島杉が時計の針のように配されている。そのほかにも、サンゴ礁から生まれた琉球トラバーチンや、「桜御影」とも呼ばれる万成石など、長い時間を内包する自然素材が用いられている。
伝統工芸からクラフトマンシップあふれる衣服まで、さまざまなものが共存するこの場所に、Wang氏の色彩とエネルギーが加わる。異なる時間と土地の芸術同士が出会い、ぶつかり合うことで、そこにはどのような「インパクト」が生まれるのだろうか。11月、その答えを実際の空間で確かめてみたい。
「CORE-Beyond Time WANG YAN CHENG」 2026年11月19日(木)より12月9日(水)まで、和光本店 地階 アーツアンドカルチャーにて開催。入場無料
Intervew & Text : Eisuke Onda
Photograph : HODAKA