特別インタビュー
MR-G「ブルーサファイア」が切り拓く、時計の未来
2026.10.27
G-SHOCKの最上位ライン「MR-G」から、サファイアクリスタルを外装に採用した新作「MRG-D5000」が登場する。世界限定20本。透明感のあるブルーサファイアをまとった姿は、従来のG-SHOCKのイメージを鮮やかに塗り替える。
この時計の価値は、希少な素材や高額な価格だけにあるわけではない。G-SHOCKの原点である耐衝撃性を守りながら、これまで実現が難しかった素材を時計の外装に取り入れる。その挑戦の背景には、MR-Gが追い求めてきた「強さ」と「美しさ」、そして不可能を可能にする開発者たちの意志がある。
カシオ計算機 時計統轄部 第1ブランド戦略室室長の馬道卓也氏に、30周年を迎えるMR-Gの現在地とサファイアクリスタルの製品化に至る挑戦について聞いた。
G-SHOCKの常識を超える存在として
MR-Gが誕生したのは1996年。G-SHOCK初のメタルモデルとして、大人に向けた新たな選択肢を切り開いた。樹脂製の時計で実現してきた耐衝撃性を、金属の外装でも成立させる。そこには、G-SHOCKが培ってきたタフネスを、異なる素材と仕上げによって進化させようとする意志があったのだ。
「MR-Gのブランド名には、Majestic and Revolutionary G-SHOCKの意味があります。耐衝撃性や堅牢性はもちろん、美しさ、実用性、正確性も追求してきました」
MR-Gは、単に高級な素材を使ったG-SHOCKではない。耐衝撃性という原点を守りながら、外装の美しさや仕上げの精度を高めていく。そのために、まずは素材の特性を理解し、日本の職人技術を生かしながら、時計としての完成度を追求してきた。
その姿勢は、今回のリブランディングで掲げた「Breaking Ground」の言葉にも表れている。まだ見ぬ世界へ向かう好奇心と、強さと美しさを兼ね備えて進化し続ける姿勢。その二つを原動力に、改良を積み重ね、新たな価値を創造していくという考え方だ。
「G-SHOCKブランドに共通するのは、Absolute Toughnessという精神です。なかでもMR-Gは、さらに常識を打ち破るような時計を担っています」
サファイアクリスタルを、耐衝撃時計の外装に
新作「MRG-D5000」は、そうした哲学を象徴している。最大の特徴は、ベゼルを含む外装にブルーサファイアクリスタルを採用したこと。透明感のある素材を通して、内部の構造やパーツの重なりが見える。メタルの質感を磨き上げてきたMR-Gにとって、これまでとは異なる美しさの表現である。
サファイアクリスタルは硬度が高く、時計の風防にも広く用いられる素材だ。一方で、硬いことと、衝撃に強いことは同じではない。加工の仕方や形状によっては割れや欠けが生じるため、外装全体にこの素材を用いながら、G-SHOCKに求められる耐衝撃性能を成立させることは容易ではなかった。構想の原点は、G-SHOCKの生みの親である伊部菊雄氏が思い描いたアイデアにある。2018年には、スイスの時計見本市バーゼルワールドでサファイアクリスタルのコンセプトモデルを展示。ただ、耐衝撃時計として求められる基準を満たすことが難しく、そのときには製品化に至らなかった。
「サファイアクリスタルを使ったG-SHOCKは、伊部が実現したいと考えていたアイデアのひとつです。コンセプトを発表して終わりではなく、実際に使える時計として成立させることが大切だと考えました」
ケースを構成するパーツの形状や組み立て方を見直し、サファイアクリスタルの特性に合わせた構造を開発した。通常は一体でつくられるケースを複数のパーツに細分化することで、耐衝撃性を向上した。サファイア部品にネジ穴を設けると、そこが破損の起点になる可能性がある。それを避けるために、サファイア部品に対してネジを使わず、パーツ同士をかみ合わせる構造を採用して破損のリスクに配慮している。
こうして生まれたのが、「サファイアクリスタル用マルチガードストラクチャー」である。サファイアを既存の構造に単純に組み込むのではなく、素材に合わせた構造そのものを考え直す。その結果、耐衝撃性を追求していく過程で、パーツの精度や外装の造形に新たな可能性も開けた。
「サファイアを使うために研究を進めていくと、パーツをより細かくしたほうが強くできることがわかりました。マルチガードストラクチャーによって、一つひとつのパーツの精度を上げることができ、シャープな造形や仕上げの違いも表現しやすくなりました」
素材への挑戦が、構造の進化を生み、その進化がデザインの幅を広げる。MRG-D5000は、単に珍しい素材を採用した時計ではなく、G-SHOCKが長年積み重ねてきた耐衝撃技術を、新たな方向へ押し広げるモデルとなった。
山形の技術が支える、20本の特別な時計
もちろん、構造を考案するだけでは製品は完成しない。サファイアクリスタルは、人工的に結晶を成長させる段階で、すでに色や透明度に個体差が生じる。結晶を時計のパーツに切り出す加工にも、割れや欠けのリスクが伴う。さらに、精密な部品を組み上げながら、G-SHOCKに求められる防水性能も確保しなければならない。
製品化を可能にしたのは、MR-Gの生産拠点である山形カシオが培ってきた精密加工と組み立ての技術だ。複雑な構造を形にするには、設計の工夫だけでなく、部品を高い精度で製造し、確実に組み上げる現場の力が欠かせない。
文字盤にも、素材と仕上げへのこだわりが見て取れる。れんが状のパターンを表現したパネルカバーには、印刷ではなく、青色蒸着を施したステンレススチールのパーツを採用。風防には金蒸着によるアクセントを加え、透明なブルーサファイアの内部に、緻密(ちみつ)な表情をつくり出した。
世界限定20本という生産数も、こうした技術的な難しさと無縁ではない。サファイアの品質や加工の歩留まり、組み立ての精度など、複数の条件を満たして初めて、ひとつの時計が完成する。
「サファイアのような素材を使って、耐衝撃時計として成立させる。これまで難しいとされてきたことを、ただ難しいからと諦めるのではなく、自分たちが実現したいこととして形にできたと思っています」
「ブルーローズ」に託した、不可能への挑戦
MRG-D5000は、社内プロジェクト「ブルーローズプロジェクト」から生まれたモデルでもある。その名の由来は、かつて自然界には存在しないとされ、バイオテクノロジーの進歩によって生み出された青いバラにある。不可能の象徴だったものが、技術と研究によって可能になる。その物語を、G-SHOCKのものづくりに重ねた。
「ブルーローズプロジェクトでは、貴金属やサファイアクリスタルなど、G-SHOCKが培ってきたイメージや常識を超える挑戦を続けていきたいと考えています」
この考え方の背景には、伊部氏がかつて立ち上げた「ドリームプロジェクト」の精神がある。実現したいアイデアを掲げ、既存の技術や常識にとらわれずに挑戦する。伊部氏が会社を離れた後も、その精神はMR-Gに受け継がれている。
馬道氏が強調するのは、MR-Gが高価な素材や希少性だけを追求しているわけではないという点だ。G-SHOCKの本質である、アクティブな環境でも実際に使えること。その価値を、MR-Gならではの時計づくりに生かそうとしている。
「高級時計でありながら、実際に使えるということに、MR-Gは挑戦できると思っています」
高価な素材を用いることと、実用性を手放すことは同義ではない。強さと美しさを両立させ、使うことを前提に完成度を高める。そこに、MR-Gが目指す独自の価値がある。
次なる進化は、素材の先へ
サファイアクリスタルという難題を製品化したMR-G。では、その次に目指すものは何か。馬道氏は、これまでMR-Gが取り組んできた素材や外装の進化に加え、時計全体としての進化にも可能性を見いだしている。
「カシオは、時刻表示の表現や機能の表現も進化させてきました。これからは外装だけではなく、ムーブメントなども含めて、時計としての進化を狙っていきたいと思っています」
サファイアクリスタルの採用は、ひとつの到達点であると同時に、次の挑戦への足掛かりでもある。素材への挑戦を構造の進化につなげ、デザインの可能性を広げたMR-G。その歩みを支えているのは、既存の枠に収まらず、実現していない価値を探し続ける姿勢だ。
高額な時計を語るとき、私たちは「ラグジュアリー」という言葉を使いたくなる。近年では、華美な装飾やロゴに頼らない「クワイエットラグジュアリー」という考え方も広がっている。ところが、MR-Gの新作にも今回のリブランディングのコンセプトにも、「ラグジュアリー」という言葉は使われていない。世界限定20本という希少性も、サファイアクリスタルという特別な素材も、ブランドが自らの価値を語るための主役ではないのだ。
「Breaking Ground」「Awaken the Quest」「Japanese Beauty」。MR-Gが掲げる三つの言葉には、既成概念を打ち破り、まだ見ぬ世界へ向かう姿勢と、G-SHOCKならではの実用性と美しさを追求する意志が表れている。「ラグジュアリー」という言葉で価格やステータスを訴求するのではなく、ものづくりへの挑戦そのものによって価値を生み出そうとしているのだ。
「必要は発明の母」ということわざがある。いっぽう、カシオ計算機の創業者の一人で発明家でもあった樫尾俊雄氏は「発明は必要の母」という逆説的な言葉を残したという。新しい技術やモノこそが、新しい需要や価値を生み出す。今回のMR-Gの挑戦にも、そんなカシオの哲学が息づいている。
「ラグジュアリー」という言葉さえ必要とせず、自らの技術と哲学によって価値を提示する。MR-Gが切り開こうとしているのは、高級時計の新しいカテゴリーというよりも、時計の価値を測るものさしそのものなのかもしれない。
Photograph: HODAKA
Text: Teruhiro Yamamoto(AERA STYLE MAGAZINE)