カジュアルウェア
ブルネロ クチネリのジャケットに込められた
クワイエット ラグジュアリーその本質とは!?
ファッショントレンドスナップ 230
2026.10.30
9月の末にミラノで、あるファッションショーが開催されました。主催は、ファッション界における絶対的権威として君臨している雑誌「VOGUE」を発行するコンデナスト社。「ヴォーグ・ワールド:ミラノ」と呼ばれたこのイベントは、ミラノの観光の名所のひとつとして誰もが訪れる、巨大なガラス張りのショッピングアーケード「ガレリア・ヴィットリオ・エマヌエーレ2世」を通行止めにして開催された、ミラノ市の全面協力で成り立ったスペシャルなイベントです。
圧巻だったのはアメリカの歌姫アリシア・キーズが「アイ フィール ラブ」を熱唱するフィナーレ。このスケール感は、ひとつのブランドでは到底できないもので“VOGUE”という冠があってこそできたラグジュアリーの集大成であり、ファッションをラスベガスのショーの様に、エンターテイメント化する新ビジネスの幕開けと言えるものでした。
※VOGUE WORLD: MILANO https://www.vogue.co.jp/video/watch/the-best-moments-from-vogue-world-milan
ヴォーグ・ワールド:ミラノでは、男女のモデルが登場してはいましたが、どちらかといえば女性モデルの数が多く、ミラノ ファッションウィークのオープニングを飾るゴージャスなイメージが強く感じられました。そんな中で、私が注目したのは、イベントの前半、第二幕で男性モデルが突然、後方宙返り!?をして歩き去ったときのスタイリング。
ジョルジオ・アルマーニ、ジャンフランコ・フェレ、ジャンニ・ヴェルサーチェの功績をたたえるかのような第二幕では、ソフトな仕立てのスーツを着た男女のモデルが次々に登場していましたが、個人的には想定内。この後方宙返りのモデルは、パッと見た感じはクラシックなテーラードスーツだったのです。普通のテーラードスーツならパンツが裂けるか、回転不足でみっともない宙返りになるところ。
実は、その後インスタグラムでそのスーツがブルネロ クチネリのスーツだったことが判明。あらためて、その登場シーンを見直すとグレーのダブルブレストのスーツに、グレーのシャツ、グレーのネクタイというブルネロ クチネリらしいスタイリング。着用した男性モデルは、アメリカのスーパーモデルでありダンサーでもあるアルトン・メイソン。
※このスーツに関してブルネロ クチネリからの公式な発表はされていません
1980年代のイタリアのデザイナー スーツをオマージュしつつも、2020年代のトレンド、クワイエット ラグジュアリーを代表するブランドのスーツをさり気なく入れ込む演出のセンスには脱帽。
またまた、前振りが長くなってしまいましたね……。ヴォーグ・ワールド:ミラノの件もあり、今回はブルネロ クチネリのメンズのテーラードのアイテムにフォーカス。
深掘りしていくのは、上のモデルが着用しているダブルブレストのジャケット。ヴォーグ・ワールド:ミラノの時のモデルもダブルブレストだったように、このブランドを代表するジャケットといえばこのデザイン。
※あくまでも個人的な見解です
イタリアのクワイエット ラグジュアリーの旗手と言われているだけあり、高級感漂う生地にタイムレスでベーシックなデザインがこのジャケットの特徴ですが、実は目立たないディテールに、ブルネロ クチネリらしいこだわりがちりばめられています。そこが、イタリアのクラシックなテーラードジャケットとはどこか違う仕上がりで、モダンでスマートな雰囲気を醸し出しています。
ブルネロ クチネリのダブルブレストのジャケットで誰もが見逃しがちなポイントがあります。それは、前身についた6個のボタンの間隔。イタリアのクラシックなテーラード ジャケットに比べると、わずかではあるのですが横並びが狭くなっているのです。
これをブルネロ クチネリでは、ワン・アンド・ハーフ ブレストという呼び方をしていて、ほとんどのダブルブレスト ジャケットやスーツ、コートはこの間隔になっていて、定番デザインと言えるものになっています。
このワン・アンド・ハーフ ブレストの特徴は、モデル着用画像をもう一度みていただくと、よくわかると思いますが、ボタンを外して着たときに、ラペルの先から裾にかけてとてもエレガントなラインを作れる点です。逆にクラシックなテーラード ジャケットでは、ボタンを留めて着用することが前提なので、開けたままにすると左右の合わせ部分がもたついてしまい、野暮ったく見えがちなのです。そして、ボタンをとめると間隔が狭い分、シャープな印象に見えるのも見逃せません。
オリジナルのメタルボタンには、塔と伝説上の生き物であるグリフォンが描かれた(「フィロ」と呼ばれるグリフォンは、哲学を象徴する生き物です)モニュメントにもなっている城とブルネロ クチネリの拠点があるイタリア・ペルージャのソロメオ村の紋章が刻印されています。
素材がアップになっているので、高級素材のキャメルをメルトン加工しているのがよくわかります。キャメル糸は、カシミヤのようなトロッとした柔らかさのなかに、ほどよいハリとコシがあるので、型崩れしにくく生地がへたりにくいことで有名です。
ブルネロ クチネリのジャケットの定番デザインのひとつになっているのが、右腰ポケットの上に開いているチケット ポケットと呼ばれる、小さなポケット。クラシックなイギリスのジャケットにも見られるデザインですが、フラップがつくものがほとんどで、ブルネロ クチネリ以外ではあまり見かけないデザインです。
デザイン上の特徴のほかには、イタリアのテーラードの職人技を駆使することで生まれる、肩から胸にかけての美しい立体感はブルネロ クチネリならでは。こうした世界観はまさにクワイエット ラグジュアリーそのもの。ブルネロ クチネリの魅力にはまる人のことを「クチネリスト」と呼ぶようですが、そのメンバーになるには、この100万円超えのジャケットをためらいなく買える余裕と、創業者ブルネロ クチネリの企業理念を理解することが必要だと思います。
Photograph & Text:Yoichi Onishi