特別インタビュー
カメラの歴史を変えた「ライカI」の発売から100周年。
CEOが語る、ライカがライカであり続ける理由とは?
2025.11.05
2025年は、ライカがドイツのライプツィヒ春季見本市で「ライカI」を発表してから100周年となる節目の年だ。「ライカI」は、35mm映画フィルムフォーマットを採用した世界初の量産モデルであり、今でも使われている35mmフィルムを世界標準として確立。これによってルポルタージュやストリートフォトグラフィーといった新しい写真のジャンルも生み出した。つまりライカとしてはもちろん、カメラの歴史的にも極めて重要なモデルとして知られている。
この100周年となる今年は、ライカ発祥の地であり、本社もあるドイツ・ウェッツラーから祝賀イベントがスタート。ドバイやニューヨーク、ミラノなど世界各地を巡り、最後の場所に選ばれたのが東京だった。
そして、表参道でのイベント開催を機にライカカメラ社 CEO のマティアス・ハーシュ氏が来日。ライカという企業やブランドについて話を聞いた。
マティアス氏は長年にわたり複数の企業で経営コンサルティングなどを務めてきた経営のプロフェッショナルだ。そんな彼が2017年にライカのCEOに就任してまず感じたことは、ライカの圧倒的なブランド力だという。
「ライカはそれまでに働いていたどの会社よりも強いブランド力をもっていました。どこに行ってもライカと言えば、すぐに認知してもらえます。これはすごいことだと思います。企業文化も独特で、典型的なドイツ企業のように、ルールを守る、プロセスを大切にするということではなく、自由に思考させる、革新的なアイデアを芽吹かせるような文化があると感じました」
「ライカⅠ」から100年の歴史の中で最も大きなターニングポイントを尋ねると、2009年のライカM9の発売だと話すマティアス氏。2000年頃からしばらくの間は、カメラ業界全体としてフィルムカメラからデジタルカメラへの過渡期にあたり、ライカもそれに対応するため、技術革新に追われていた。
「その頃、弊社は存続の危機に直面するほど業績が落ち込んでいました。この窮地を救ってくれたのがライカM9です。世の中的にライカはデジタルカメラに移行することができないのではないかと思われていた時代にリリースしたモデルがライカM9でした」
ライカでは2006年に初のM型デジタルカメラとしてライカM8を発売。このカメラがAPS-Hと呼ばれるフルサイズよりも少し小さいフォーマットを採用したのに対して、ライカM9はM型デジタルカメラでは初となるフルサイズフォーマットを採用した。
「ライカM9によって、フィルム形式のライカMの魅力である描写性能や、ファインダーをのぞいた時、シャッターを押した時などいろいろな意味での感覚を、より完成した形で再現することができました。それが多くの人に受け入れられ、それによって業績をV字回復することができたのです」
加えて、翌2010年にはAPS-Cフォーマットを採用した小型のライカX1を発売。デジタル形式のカメラとして、コンパクトデジタルとライカMの間を補完する役割を果たし、業績アップに貢献したとマティアス氏は話す。
経営的にはコアバリューにきちんとコミットし、それを一貫してやり続ける姿勢が大切であり、それはライカにとっては「画像品質へのフォーカス」だと語るマティアス氏。2010年に1億ユーロだった売上が、現在6億ユーロまで拡大しているのは、その賜物だろう。
カメラ業界で唯一無二の存在であるライカ。マティアス氏はその理由は3つあると話す。
「1つ目がコアバリューである最高の画像品質にこだわり続けていること。2つ目がシンプルで洗練されたライカらしいデザインに徹底して取り組んでいること。3つ目がブランドの価値を大切にしていること。ディスカウントやキャンペーンは基本的に行わず、新品での購入が難しいお客様に対しては、“ Leica Pre-Owned(ライカ プリオウンド)”と呼んでいるライカ認定中古カメラも用意しています」
また、ライカは製品を開発・販売するだけでなく、世界各地にライカギャラリーを展開し、日常的に写真展を開催したり、ライカ・オスカー・バルナックアワードを主催したりすることで、世界の写真文化の発展に貢献している企業でもある。
昨今ではAIによる生成画像やアプリで加工された画像も当たり前になりつつあるが、そんな時代にあって、ライカが写真に対して最も重要だと思うことはどんなことだろうか?
「最も大事なことはエモーション(感情)だと思います。目の前の光景に対して、より深いものを心が捉え、感情が揺さぶられるような体験が、素晴らしい写真作品にはあります。また、どのようにこの感情に触れるのかには個人差があり、こうしたことも写真のおもしろさにつながっていると思います」
10月23日(木)には、M型デジタルカメラに電子ビューファインダー(EVF)の機能性を組み込んだ新たなカテゴリーのモデル「ライカM EV1」が発表された。ライカが新製品に対して大切にしていることは、お客様が手にした時に、画像のクオリティはもちろん、扱いやすさやクラフトマンシップを感じることで“あっ、ライカだね”と言ってもらえることだとマティアス氏は話す。
デザインも機能性も使用感も、まさしく“あっ、ライカだね”と言いたくなる「ライカM EV1」が物語るように、ライカはこの先もブレることなくライカであり続けるに違いない。そして、その変わらない姿勢や安心感こそ、ライカの最大の魅力なのかもしれない。
Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Hiroya Ishikawa