紳士の雑学

「100の蒸留所、100の個性」 目白田中屋店主に聞く
シングルモルト 第1回

2017.08.17

写真・図版 小松宏子

写真・図版

シングルモルトがブームを超えてすっかり定着している。バーでシングルモルトをオーダーする人も多い。ところが、シングルモルトが何であるかを、明確に答えられる人は多くない。そこでまず、シングルモルトとは何かを「田中屋」店主・栗林幸吉さんに聞いた。

栗林さんはバブル期のウイスキーブーム時に輸入会社を立ち上げ、英国へ渡り、本場の事情を収集。その後、1994年にこだわりの酒屋として知られる「田中屋」に入社。ネット上に情報が氾濫(はんらん)する今も、自身の足で現地を歩くことを欠かさない。酒造りに携わる人々の情熱を肌で感じ、酒を愛するすべての消費者にその感動を伝えることに情熱を傾け続けている。

シングルモルトとは、ご存じのとおり、穀物を原料とし、樽(たる)で熟成した蒸溜酒――ウイスキーのカテゴリーのひとつである。一般にウイスキーというとブレンドしたものが主となるが、シングルモルトは単一の蒸溜所で造られた酒を指す。材料である穀物は大麦のみ。

粉砕した大麦に水を加えて攪拌(かくはん)し、糖化液になったものに酵母を加え、ビール状の液体を造る。それを蒸留し、適宜加水し樽で熟成させる、というのがシングルモルト造りの概略である。つまり「大麦、酵母、水のみを原料として、単一の蒸溜所で造られた酒」がシングルモルトの定義だ。これを理解したうえで、シングルモルトの魅力を、栗林さんに説き明かしてもらう。

シングルモルトの起源は?

ウイスキーの代名詞といえばスコッチであることからもわかるように、その起源はスコットランドと思われているが……。
「歴史っていうのはよく覆されるので、これもいつか変わるかもしれませんが(笑)、現在はアイルランドのほうが古く、ウイスキー発祥の地であるというのが共通見解です。スコットランドにしろ、アイルランドにしろ、いずれにしても、ケルト人なんですね、造り手は。彼らはとてもがまん強い。アイルランドやスコットランドは不毛の地で、なんとか、その地で生きながらえるために、必死の思いで工夫を重ねて酒を造ってきたのです」と栗原さんは言う。

フランスであればぶどう、日本であれば米というように、土地の産物で酒を造るのは人類の誕生以来の性(さが)であったわけだが(人間にとって酒がいかに大切であったかは、次回たっぷりと語ってもらう)、ケルト人もご多分に漏れず、その地で辛うじて採れる穀物で酒を造ってきた。冬ともなれば極寒の地であったアイルランドやスコットランドでは、寒さと飢えを防ぐために酒は必須だったのであろう。だからこそ、少しでも長くもたせるために、蒸溜という知恵が編み出されたのだ。

極寒の地を覆うピートという存在

肥沃(ひよく)の真逆にあるその土地は、森林や作物が生育しにくい荒涼たる原野。「神から与えたられた国」と言われたフランスとは天と地の差だ。原野の下にはピートという泥炭が層を成している。ピートとは、石炭の前段階の物質で、あと5000~1万年たてば石炭になるとか。念入りに乾燥させたピートで麦芽を燻(いぶ)して独特の薫香をつけ、その後粉砕して酒の原料にするわけだが、燃焼効率のよい豊富な木炭や石炭などが手に入らない極貧の地での苦肉の策であった。

「ケルト人は、ローマ皇帝にも、あいつらだけは放っておけと言わしめたほど、狂暴で頑固だったそうです。ただ、あるもので工夫する能力に長(た)け、なんとかその土地で生きていこうという覚悟だけは半端なかった。その努力の賜物(たまもの)が、シングルモルトなのです。『あきらめと開き直りが世界で唯一無二の個性を生む』とある有名な造り手は教えてくれました」と栗林さんは言う。

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水は風土が育んだ“だし”である

何もないその土地で、唯一恵まれていたのは水だった。シングルモルトは製造の過程で多くの水を使う。原料である大麦を粉砕したあとに水を加えて糖化液を造り、蒸留したあとは、適切なアルコール度数になるまで加水する。つまり、水の味がシングルモルトの風味を大きく左右するのだ。

スコットランドには現在100以上の蒸留所があるが、100近い水系がそれぞれにあり、100通りの水がそれぞれの風味の酒を造る。つまり、100の味わいの蒸留酒(シングルモルト)ができるのである。それこそが、単一の蒸留所で造られたシングルモルトの醍醐(だいご)味だ。
「水って、数十年、数百年と地中を通って、地表に湧き出てきます。いわば、地層の間を通ってきた“だし”みたいなもの。風土がそのまま水に凝縮されているんです。仕込み水を飲み比べてみると、明らかに違うのがわかります。その水がそのままシングルモルトの味を決めるわけですから、ウイスキーは風土そのものといえるわけです」と栗林さん。

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スコットランド第1号の国酒「ザ・グレンリベット」

現代のウイスキーに通じる酒が初めて文献上に見られたのが1494年。ということは、おそらく、そのかなり前の13世紀や12世紀には既に造られていたのではないかと推測される。もちろん、その当時にはシングルモルトという言葉があったわけではなく“ウシュク・ベーハー”というゲール語で呼び習わされていた。その語源が現在のウイスキーになっている。

ブレンドウイスキーが登場するのは1850年代以降である。それ以前のウイスキー=シングルモルト造りは、時代を超えて盛んになる一方であった。1824年には、初めてスコットランドでウイスキーの製造認可が合法化され、その記念すべき政府公認蒸溜所第1号が「ザ・グレンリベット」なのであった。そして、その後長らく、世界が目指すウイスキーとして、それは王座の地位に君臨してきた。まさに偉大な酒である。

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「『ザ・グレンリベット』がまさに、シングルモルトの基本です。スタンダードなのに上質な香り、バランスのよい実にいい酒です。シングルモルトを知りたいと思えば、まず最初に飲んでみるべき一本。シングルモルトのなんたるかの片鱗がわかる、本当の意味でのスタンダードです」と栗林さんのイチ押しだ。バーのカウンターで、何を頼んだらいいのかと迷ったら、まず頼んでみたい。

「飲み方としてはまず少量を、ストレートで口に含んでみること。いきなりロックや水割りではなく。せっかくの人知と年月の結晶であるシングルモルトですから、最大限の敬意を表したい。そのためにも、あるがままの本物をまずは嗜(たしな)み、その後は、水なり氷なりを加える好きなアレンジで飲めばよいと、私は思います。ただ、ストレートで飲む場合、一気に喉へ流し込んではいけません。香りをかぎ、少量を口に含んでじっくり味わうこと。馥郁(ふくいく)たる甘みが口中いっぱいに広がりますよ」

栗林さんの巧みな話術で、シングルモルトの生い立ちを聞くと、飲まずにはいられなくなる。さあ、バーへ繰り出そう!

<第2回につづきます>

Photograph:Hiroyuki Matsuzaki

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