紳士の雑学
自分スタイルのスーツを楽しむ。
2017.09.04

自分好みのスーツのスタイルを身につけるには? まずはどのような生地を選ぶかからそれは始まる。無地のフランネル、ストライプ、グレンチェックのような格子柄、あるいはバーズアイのような個性のある生地を選ぶのか。
仕立て方も、シングルブレステッドなのか、あるいはダブルブレステッドなのか? ボタンの数は? ポケットの形は? 今度はチェンジポケット付きにしてみようか? そうそうサイドベンツか、あるいは深めのセンターベントか?

襟の形やその幅の太さ、あるいは細さはいかほどに? また襟の切り替えの位置も、高いか低いか? ひとくくりにスーツと言っても、そのスタイルは実のところ千変万化だ。
男たちが現代風スーツの原型を着だしてから、もう100年以上の時がたった。それ以前のフロックコートのようなスタイルから、より活動的で機能的なデザインが、英国ロンドンのサヴィル・ロウを中心としたテーラーから生まれ、いつの日かそれが男たちの着る物のスタンダードとなったのだった。
やがてその亜流として、さまざまな国でさまざまなスタイルが生まれた。近年のイタリアのクラシコと呼ばれるスタイルまでスーツのバリエーションは多く、そのなかから自分に似合うものを見つけることが肝心だ。
大型船の汽笛がむせぶ港町・横浜の、昭和の薫り漂う重厚なビル(1930年竣工)にその店はある。
店内には多種多様な型紙や仮縫い中のスーツ、専門的な工具などが所狭しと並ぶ。
僕もいろいろなスーツスタイルを試してきたが、40歳を過ぎたころから、パリのテーラー「アルニス」のフィッシュマウスと呼ばれる独得の襟型の、スラントしたポケットで、チェンジポケットをもつシングル3つボタンを好むようになった。
この重心を上にもっていくように見えるスタイルは、僕のあまりよろしくない体形を、なんとなくカバーしてくれるように思えるからだった。
もうひとつのお気に入りは、友人のテーラーであつらえる、シングル2つボタンで、ピークドラペルをもつデザインのスーツやジャケットとベストの組み合わせ。
作業の要は、やはり手仕事。千姿万態の注文主に応じて、ミリ単位の調整を施す。
スーツを語るとき、昔の人は紺に始まり紺に終わると言ったことを思い出す。紺のほかにはやはりグレーのさまざまな濃淡の生地もスタンダードだが、もし似合うならこれもまたさまざまな表情をもつ茶系のスーツも、個性的に装うにはよいものだ。茶系の靴を好む僕も、ピークドラペルで2つボタンの、パリ仕立てのプレタポルテ・スーツに同系色のシャツやブルー系のシャツを合わせて、今年のおしゃれを楽しもうと考えている。
プロフィル
松山 猛(まつやま・たけし)
作詞家、作家、編集者。映画『パッチギ』の原案となった『少年Mのイムジン河』ほか、著書多数。メンズファッション業界の御意見番でもある。
出典:永久保存版「スーツ」着こなし事典(朝日新聞出版)