腕時計

「腕時計、基本のキ」第2回/クオーツ時計の特徴と魅力

2018.01.31

「腕時計、基本のキ」第2回/クオーツ時計の特徴と魅力

建築が内部空間をもつ芸術とするなら、腕時計は内部に精密機械を備えた宝飾品と言い換えられるだろう。ビジネスマンがタイバーやカフリンクス以外に身に付けられる唯一のアクセサリーと解釈する人もいる。そのせいか、日本では1990年代後半から機械式の高級時計が急速に人気を高めてきたが、それだけに歴史やメカニズム、ブランドや種類といった世界観を十分に把握していない人も少なくないのではないだろうか。いまさら気恥ずかしくて誰にも聞けない、腕時計に関する基礎知識をわかりやすく紹介していこう。

クオーツの振動数は3万2768Hz(ヘルツ)!!

機械式時計がゼンマイを動力としてテンプの往復振動で1秒をカウントしているのに対して、クオーツは電気をエネルギー源として、水晶に電圧をかけると規則的に振動することを利用している。周知のように、セイコーが世界初のクオーツ腕時計を発表したのは1969年(クロックは前年)だが、60年代の機械式は毎秒8振動の高速ムーブメントが増加。これを上回る10振動のハイビートも開発を競うようになっていた。それに先立つ60年には音叉の振動を利用した毎秒360Hz(720振動)の腕時計も実用化されていたので、こうした高速ムーブメントによる高精度化が次世代ともいえる画期的なクオーツを生み出す背景になっていたと解釈できるかもしれない。

初期のクオーツ時計の振動数は毎秒8192Hz。機械式時計にならって片道でカウントすれば、1万6384振動とケタがまるきり違う。1振動で誤差が発生しても、これだけの数では影響を及ぼすことはほとんどないので、時計としての精度も必然的に高くなるわけだ。現在ではこれをはるかに上回る毎秒3万2768Hzが標準となっている。

クオーツの振動数が3万2768Hzということを知っている人でも、それが2の15乗であることをご存じだろうか。水晶振動子から発生するこの電気信号を、IC回路で半分にすることを15回繰り返して1Hzにする。この電気信号を増幅してステップモーターに送り、それを回転させることで針をキッカリ1秒進めていくのがアナログ式クオーツの基本的な仕組みだ。機械式時計はテンプが1秒に5〜6振動あるいは8振動するため、チチチチと小刻みに秒針が進むが、クオーツはこのため1秒ずつジャンプしていく。機械式でも、針を1秒ごとに進める「デッドビートセコンド」「ジャンピングセコンド」などと呼ばれる複雑機構があるが、一般的ではないうえにかなり高価。

いずれにしても、時間の最小単位である1秒の進み方が正確でわかりやすいことが、クオーツの運針の特徴といえるだろう。

1050_時計の基本02
シチズン「エコ・ドライブ ワン」のムーブメント。左側のコイルがステップモーターで、筒車(12時間で1回転する時針を取り付ける)と中心車(1時間で1回転する分針を取り付ける)を動かす。超薄型であるため秒針は付いていない。外周には光を電気エネルギーに変換するソーラーセルを配置。余った電気は2次電池に蓄えられるため、暗闇でも時間を刻み続ける。画像提供:シチズン

時計では最も大切な要素となる精度にしても、機械式ではCOSC=スイス公式クロノメーター検定協会の基準が1日24時間の平均「日差」でマイナス4秒からプラス6秒。ところが、一般的なクオーツは1カ月あたりの「月差」で±20秒程度。高精度なクオーツともなると、1年間の「年差」で±5というモデルもある。

ちなみに、ということで振動数の続きを紹介しておくと、現代の標準時間となっているセシウム原子時計は約92億Hz。世界に数台しかない最高精度の時計は1億年に1秒の誤差といわれる。日本の標準時間を刻んでいるのもセシウム原子時計だが、18台のデータを平均化したものを標準時としており、誤差は約100万年に1秒という。最先端とされるストロンチウム光格子時計では振動数はなんと429兆Hz。時を計測する技術が、機械式やクオーツをはるかに超えたレベルに達していることだけは、かろうじてわかるのではないだろうか。

安価で正確なクオーツがもたらしたもの

話を戻せば、前述したように精度に関してはクオーツのほうが圧倒的に優れている。このためセイコーが世界で初めて発売したクオーツ時計「アストロン」の当時の価格は45万円。大衆車1台分に匹敵する金額だった。このため、手持ちの機械式時計を売却してクオーツに買い換える大学教授が目立ったと某大学近くの時計店で聞いたことがある。

しかしながら、機械式時計のように組み立てや調整が複雑ではないことから、早期から量産化が進行。価格も安くなることで世界を席巻していった。それによってスイスの時計産業は瀕死の状態に追い込まれ、1980年代前半には時計会社と従業員ともに最盛期の約3分の1に激減したといわれる。

いまでも年間生産本数のおよそ96%はクオーツだが、いったんは衰退しかけた機械式時計も高級品として80年代半ばから劇的に復活。数千万円から1億を超える超高額なモデルも人気を集めているという。その一方でクオーツは、それまで貴重品だった時計を圧倒的に身近なものにしたといえるだろう。時間を知るだけでなく、ファッションやアクセサリー、あるいはスポーツギアとして誰でも気軽に楽しめるようになったのである。

また、機械式時計は自動巻きでも腕から外しておくと、一般的なモデルなら2日程度で止まってしまうが、クォーツの電池は3~4年は保つため、所定の交換時期まで意識する必要がない。ソーラーやエコ・ドライブなど光発電なら定期的な電池交換すら不要となるので、時計がなぜ動くのかよく分からないという人も少なくないという。

クオーツ時計は、単独での精度をさらに高めるだけでなく、時刻標準電波を受信して自動修正する「電波時計」も生み出した。テレビの時報などと自分の時計の秒針がぴたりと一致する快感は、機械式時計では得られないといっていい。近年ではGPS衛星の時刻電波をキャッチするだけでなく、位置情報も受信して現地時間に修正する「GPS衛星電波時計」に発展。スマートフォンと短距離通信で連動したウェアラブルな情報端末=スマートウォッチも新しいトレンドだ。

これらのベース・ムーブメントはすべてクオーツであり、時計としてのデザインや機能も年々バラエティを拡大。ラグジュアリーな雰囲気と質感を備えた高級モデルも珍しくないので、クオーツがもはや安価とはいえなくなってきた。シチズンではケース厚がなんと2.98㎜(設計値)という世界最薄のモデル(光発電エコ・ドライブ)も開発しており、機械式は工学系、クオーツは電気・電子系として、それぞれの分野で革新的で魅力的な製品づくりが活発に進められているとまとめられるだろう。

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シチズン「エコ・ドライブ ワン」。2016年に誕生した世界最薄の光発電時計。ムーブメントの厚さは1㎜、ケース厚は2.98㎜(設計値)。ベゼルとケースバックに硬度の高い複合素材・サーメットを採用。直径39㎜。400,000円(税抜き) 問/シチズンお客様時計相談室 Tel 0120-78-4807

掲載した商品はすべて税抜き価格です。

プロフィル
笠木恵司(かさき けいじ)
時計ジャーナリスト。1990年代半ばからスイスのジュネーブ、バーゼルで開催される国際時計展示会を取材してきた。時計工房や職人、ブランドCEOなどのインタビュー経験も豊富。共著として『腕時計雑学ノート』(ダイヤモンド社)。

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