紳士の雑学

京都を知りたければ出かけるな!?秘密の宿が教えてくれる美意識
[センスの因数分解]

2018.02.06

写真・図版 田中敏惠

以前から大変お世話になっている作家と先輩美人編集者と3人で大人の部活動をしています。部活、といってもただ一緒に食事や観劇をすることを“寒稽古”だの“芒種の集い”だの“秋の報告会”だのといって集まっているだけなのですが、かれこれ15年近く続いています。先輩編集者の号令により、このたび初めて“合宿”が催されました。場所は京都。メインはできて間もない宿『川(sen)』に泊まること。

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『川』と『丹』、素色と藍色で統一された布あしらい。センスの良さにうなりました。美しい手仕事が生活用品の味気なさをカバーする好例。

その名が表すように、川は白川沿いに位置していて宿泊できるのは一日一組のみ(しかも会員制)、京都の名店・和久傳が展開しています。宿といってもここには従業員がいるわけではなく、事前に決めておいた暗証番号を押してカギを開け、自由に滞在するというゲストハウスタイプ。隣には同じく和久傳経営の和食の店『丹(tan)』があり、ゲストはここで朝食をいただきます。

合宿と名づけながらも、我々のスケジュールは実にゆるく、午後3時ごろからそぞろに宿に集合してしばしリラックス。そのあと食事に出かけましょう、というものでした。しかし、ゆるゆるのスケジュールだったにもかかわらず、宿はゆったりなどとてもできない状況で、食事に出かけるころには午後の練習をしっかりこなした気分になっていました。なぜなら、宿が発するメッセージを受け取るのに忙しかったからです。

まるで氷山のように、素晴らしい空間というものが内包している事柄というのは、思うよりもずっとずっと多いものです。『川』の小さな玄関に入ると、有元利夫の作品と目が合いました。そして靴を脱いで上がった足元には美しい手斧(ちょうな)仕事。短い滞在である旅人にとって第一印象はとても大切ですが、京都らしい数寄屋造りの職人の技と、現代のアートの妙が迎えてくれる宿に、のっけから大いに高揚しました。

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『川』の玄関をあけると迎えてくれる有元利夫の作品。さりげないアート使い。

町家跡に建ったのでしょうか、間口が狭く奥行きのある敷地に立つ『川』は、1階が寝室とバスルーム、2階がLDK、ロフトに茶室があります。数寄屋風の建築様式にアルネ・H・オブセンの椅子をはじめとした北欧の家具と、辻村塊の器や古美術の茶道具、アール・デコの照明……。しつらえの素晴らしさと、石敷きのバスルームにまで完備された床暖房に仲居さんはいないけれど宿を造った人のもてなしの心を感じました。

そんななかでいちばん印象的だったのが、素色と藍色を主体とした色合わせです。ドライヤーが入った巾着や、アメニティーが置かれた籠に敷かれているのは、和久傳のルーツでもある京丹後の手紡ぎ木綿のはず。ベッドルームのソファ前にさりげなく合わせられたラグは、鍋島緞通でしょうか。ちなみにこのリンクは、隣の『丹』にも続いていて、のれんやメニューにも素と藍の美しい布があしらわれていました(Leeの前掛けに丹後の木綿を縫い付けるほどの凝りようにうなりました)。また、クローゼットの中は、こっくりと深い蘇芳色(すおういろ)という思い切った色を採用していて、これがリビングのラグ(アフガンのような気がします)とも共通性をもたせていました。

そこにかけられた時間と技、情熱というものをどこまで受け止められるかは、それぞれの人のなかに蓄積された経験次第ということになります。物言わぬ宿からのメッセージもまた、気づくか気がつかぬかはその人次第ですし、物言わぬ宿がそれに気付いてもらおうと狙っているわけでもないのは、言うまでもないでしょう。残念ながら自分の至らなさから気づいていない見事な美意識もいくつもあるはずで、この体験から数週間経っていますが、あれはもしかして……と振り返る日々です(そもそもしつらえにイチイチ反応するのがお行儀悪いわけですが)。

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そして思うのです。京都という、日本を代表する観光地であり魅力的な滞在先は、なにも出かけなくても大いにその魅力を発してくれるということでした。どうやって? 美意識高い発信者が手がけたものによって。もちろん、それは宿だけではなく、割烹やレストランでも可能でしょう。ただ、滞在時間やそこでの行為の多様さという意味では、やはり、宿というのは実に多様なセンスが問われる場所。シティでは街歩きが主体となる場合が多いゆえ、宿は快適に休めればいい、という考えが多数派かもしれません。しかし、アミューズメントパークのような観光客にあふれた街を歩くのではなく、じっくりと一箇所でその街を感じるのは、紛れもない大人の楽しみです。

老舗旅館の俵屋のように、そんな形で街の魅力を伝えつづける名宿が京都には確かにあります。そして『川』のように、多くの人に知られることを選ばずに、京都の美意識を伝えようとする宿があるのも、この街らしいと思うのです。そしてもっと勉強しなくては、とか、まだまだだなぁ、と教えてくれる場所が新しく生まれてくるということもまた、京都ならでは、といえるのではないでしょうか。

プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。

http://ttanakatoshie.com/

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