特別インタビュー

渋谷「AMECAJI」物語。
第1回 モヒート 山下裕文氏

2018.03.15

いで あつし いで あつし

渋谷「AMECAJI」物語。<br>第1回 モヒート 山下裕文氏

昨年、日本語版が出版されて服好きの間で話題になった本「AMETORA」。筆者はアメリカでオリジナル版が発売されたときに、著者である日本在住のデーヴィッド・マークス氏にお会いして取材をしている。いやはや、デーヴィット氏のオタクともいえる日本のメンズファッション史の研究と知識には驚愕(きょうがく)した。VANのアイビーブームから始まり、POPEYEの西海岸ファッションブーム、裏原、ビンテージジーンズ、果てはヤンキーのファッションまで、ハーバード大出身の生粋のアメリカ人で、しかもまだ40代そこそこなのに、リアルタイムで日本のアイビーブームや西海岸ブームを経験している世代の日本人よりよっぽど詳しいのだ。

ちなみに日本語版の表紙は大御所イラストレーターの穂積和夫氏の描き下ろしによるアイビー坊やだが、洋書のオリジナル版はリーバイス501やオールデンのローファーとともにループウィラーのスウエットの写真が使われていて、日本語で「日本がアメリカンスタイルを救った物語」と副題が入っている。そんなことからもおわかりのように、いまやアメリカンスタイルはラーメンや回転寿司と同じくらいに、日本人が独自に進化させて世界に広めたジャパニーズファッションなのである。

同じ日本発祥のアメリカンスタイルでも、アメトラとアメカジはまたちょっと違う。ここは一緒くたにしてしまってはいけない。筆者が思うに、アメトラは、VAN世代やアメ横の輸入衣料品店から広まった日本独自のアメリカンカジュアルスタイル。アメカジは、80年代~90年代にかけて渋谷・原宿を中心としたインポートショップから広まった日本独自のカジュアルスタイルである。ただし、アメカジと「渋カジ」は別ものである。

確かに渋カジは当時の若者に流行したストリートファッションだが、むしろ渋カジブームとはコギャルブームと同じ渋谷発祥の風俗であろう。筆者はそう捉えている。

ここ数年、筆者は海外へ取材に行くと必ず当地で人気のセレクトショップを覗く。NYの「リカーストア」しかり、SFとLAの「ユニオンメイド」、フィレンツェの「WP」、ロンドンの「プレゼント」、パリの「フレンチトロッターズ」などなど、オールデンやリーバイス、ニューバランスと一緒に日本製のデニムや日本のブランドを上手にミックスしてセレクトされている店内の雰囲気は、どこも必ず既視感がある。

そう、これはまさしくかつて渋谷に数多くあったアメカジのインポートショップではないか。80年代に渋谷から独自に進化を遂げて生まれたアメカジもまた、AMETORAと同じように本家に逆輸入されて「AMECAJI」として世界に広まっているのである。
 
いささか前置きが長くなってしまったが、そんな日本が渋谷発祥のアメリカンスタイル「AMECAJI」を巡って、これから何回かに分けてキーマンたちにお会いして当時の思い出やエピソードを語っていただこう。題して、「渋谷AMECAJI物語」。

第1回目は、「モヒート」のデザイナーである山下裕文氏(写真)。作家ヘミングウェイのライフスタイルや作品をコンセプトにしたアイテムで、アメカジ世代の大人たちに人気のブランドを手がけている。服好きならご存じと思うが、山下氏はかつて原宿にあった伝説のインポートショップ「プロペラ」の出身で、バイイングとプレスを務めていた。

アメカジを語るときに、このプロペラを避けて通るわけにはいかないだろう。80年代後半に原宿の裏通りにオープンしたプロペラは渋カジブームとの相乗効果で大人気となり、店のある通りは「プロペラ通り」と呼ばれるまでになった、日本のアメカジカルチャーを象徴する伝説のインポートショップである。山下氏とは、プロペラ通りのかつて店があったビルの入り口の階段の前で待ち合わせした。

「この通りもすっかり変わっちゃいましたね。あ、でもビルの入り口の階段だけは変わってないなぁ。僕が入社したころはまだ通りにはなんにもなくて、ほかにお店は栄楽という中華料理屋さんと久保田っていうお米屋さんがやってる定食屋くらいでしたから。まだお店の向かいには民家があって、そこにこの界隈(かいわい)で有名な美人の姉妹がいたんですよ(笑)」

懐かしのプロペラ通りの思い出話からスタートした、山下氏の渋谷AMECAJI物語。
「ビルの1階と2階の左側が店舗だったんですが、ここがプロペラ通りと呼ばれるようになったのは確か93年ごろだと思います。店の前に鉄道用の枕木の箱が置いてあって、そこに『PROPELLABLVD』と書いてあるアメリカのサイン看板を取り付けてあったからでしょうね」

プロペラがオープンしたのは1988年。メイドインUSAしか着ない根っからのアメカジ好きだった山下氏は、洋服の専門学校を卒業してスタイリストのアシスタントを経験した後、ほどなくしてそのころよく通っていたプロペラに入社する。やがて渋カジブームが到来して、90年代になると山下氏がプレスとして働いていたプロペラが発信するアメカジは全盛期を迎える。

「僕も若かったですからいま思うと大変失礼な話なのですが、プレスをやっていたころはあまりの忙しさで、貸し出しのルールを勝手に作って返却が守れないと大御所のスタイリストさんでも出入り禁止にしていたんです。いまはもうお亡くなりになりましたが、モヒートを立ち上げたときに、ヘミングウェイのことをいろいろ教えていただいたライターの山口 淳さんから『プロペラ、ネペンテス、バックドロップに認められたら編集者もスタイリストも一流と言われていて、僕も山下くんに商品を貸してもらえなかったことがあるよ』と言われて、もう本当に申し訳なくてすぐ謝りました」

名ライターだった故・山口 淳氏も一目置くほどだったアメカジの名店だが、実を言うと筆者には当時それほどの思い入れがなかった。というのも、まだビームスもシップスも「ショップ」と呼ばれて渋谷の明治通りやファイヤー通りに次々と「レッドウッド」「ナムスビ」「キャンプス」、そして「バックドロップ」などがオープンしたころのアメカジ世代なので、正直、プロペラがオープンしたときには「バックドロップの二番煎じじゃないか」と思ったりしていたのだ。

「そうですよね。よくそうおっしゃる先輩もいました。逆に僕なんか、そのころの渋谷のショップをリアルに体験しているいでさんたちがうらやましいです。あのころはどこのショップにもスタープレーヤーのような店員がいました。バックドロップの中曽根信一さんや高山 隆さんはもう本当に格好よくて、僕にとって憧れの存在でしたから。中曽根さんや高山さんたちが渋谷でアメカジを築いた最初の世代としたら、僕らはアメカジ第二世代なんですね。アメ横やVAN世代の先輩たちの“~ねばならぬ”的なおしゃれじゃなくて、自由にいろんなことを真似して勉強させてもらった気がします」
 
アメカジ第二世代の山下さんたちがスタープレーヤーとなって一世を風靡(ふうび)したプロペラも、90年代後半になると失速しはじめる。そう、裏原ブームの到来だ。

「プロペラ通りを歩いている若者の格好がちょっと変わってきたんですね。近所に何か行列ができている店があるなぁとか。彼らは僕らみたいにアメリカ中を車で走り回ってメイドインUSAを探し回ったりするんじゃなくて、マッキントッシュ(パソコン)でTシャツにデザインをしたりするわけですよ。これはもう違うなと。それと同時に明らかに時流が変ったと感じたのは、原宿に『ビームスボーイ』さんができたことでしたね。レッドウィングのアイリッシュセーターとか、ふだん僕らが身に付けているようなアイテムを、女の子に向けたスタイリングの発信をする発想は、それまでバイヤーで何十回とアメリカに買い付けに行っているのに思いもつきませんでしたからね。いい意味で時代は変わったんだなぁと思い知らされました」

プロペラを卒業した理由も、いかにもヘミングウェイが好きなカクテルの名を冠した骨太なメンズブランドを手がけるデザイナーらしい。だからなのか、山下氏がデザインする洗い晒しのモヒートのシャンブレーシャツに袖を通すと、あの時代の男臭いアメカジの匂いがまたしてくる。

プロフィル
山下裕文(やました・ひろふみ)
デザイナー。1968年、熊本県生まれ。原宿のプロペラに勤務しバイイングやプレス業務を担当。その後、数社で経験を積み2007年に独立。アパレルブランドのコンサルティングを行う。2010年に自身のブランド「モヒート」をスタート。
http://mojito.tokyo/

いであつし(いで・あつし)
数々の雑誌や広告で活躍するコラムニスト。綿谷画伯とのコンビによる共著『“ナウ”のトリセツ いであつし&綿谷画伯の勝手な流行事典 長い?短い?“イマどき”の賞味期限』(世界文化社)などで、業界関係者にファンが多い。

第2回 内田良和氏>>

Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Atsushi Ide

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