紳士の雑学

「スタイルとはなんぞや」、のひとつの答え
[センスの因数分解]

2018.04.23

田中敏惠 田中敏惠

三井物産初代社長の益田 孝、生糸で巨万の富を築いた原富太郎、電力王と呼ばれた松永安左エ門。彼らはみな明治を代表する財界人ですが、そのほかにも共通点があります。三人とも希代の数寄者(すきもの)であり茶人なのです。彼らはそれぞれ鈍翁、三渓、耳庵という茶名をもっていて、有数の骨董のコレクターでもありました。いまでも美術館や古美術店で、彼らの収蔵品だったものを目にすることができますし、骨董をめぐる逸話も数多く残っています。

私はもちろん購入などとてもとてもできないのですが、古いモノを見るのが好きです。根津、出光、五島……(これも国を代表する実業家の収集がベースとなっていますが)美術館のガラスの向こうに展示してある銘品を、指をくわえて眺めています。

いまから12年ほど前でしょうか。ある連載原稿を依頼した方の仕事場に伺ったときのことです。リビングに入ってすぐ目に入ってきたのが、小さな木製の狛(こま)犬でした。ほかにも、壁にかけられた額、飾られた器などに初訪問であるにもかかわらず、失礼だとわかっていながら、彼が席を立つたびにキョロキョロと辺りを見回していました。話がひと通り済んだところで、たまらず「あの狛犬、すてきですね」と伝えると、「あなた、あれが好きなの? 変わってるねぇ!」といささか驚いた様子での返答。しかし続けて「あれはね、平安の狛犬です。平安時代の狛犬はこんなふうに鳩胸になっているから、これから注意して見るといいですよ」と教えてくれました。無事に仕事が終わったあとに食事でも、ということになりました。そこへ自身の酒器を持っていくというので、「好きなものを選んでください」と言われ、いくつかあったもののなかから筒状の無地のぐい呑(の)みを選びました。ただ好みだった、という理由でしたがそれが桃山の唐津であること、そして初めて購入した骨董であったことをあとで教えてもらいました。以来、美術館で器を見る際に注意していると、どうやら自分は室町~桃山の渋めの陶器や、李朝の器が好きなのだということがわかってきました。なかでも桃山時代の唐津と朝鮮の井戸茶碗は、すぐに目が引き込まれます。

001.
無地の桃山唐津。渋いですがいつまででも眺めていられる味があると思います。

先日、久しぶりにその方の仕事場での食事会に招かれました。大きな卓をみなで囲み、主が炭で熾(おこ)した火を使って料理を振る舞ってくれます。アフリカの一木造りの小台にはコレクションの骨董が並んでおり、それぞれが好きなぐい呑みを選びます。私が選んだぐい呑みは、やはり唐津の皮鯨と呼ばれるもの。その後、「これも試してみてください」と目の前に置かれたのは、李朝の粉引でした。ぽてっとした丸いフォルム、しっとりとなじむ口当たり、手にする自分が高揚するのはもちろん、注がれたお酒さえも喜んでいるような気がします。メインは、室町の根来椀で供されました(しかも一客ではなく、そろいであるんです!)。

これらの骨董の器は、発掘されたものではなく、長い長い時間を同じような趣味をもつ人たちの手から手へと受け継がれてきた器です。室町や桃山の銘器は、美術館に収蔵されるものも多いですが、こうやってリアルに愛(め)でられてもいるのです。器を通して感じる数百年という時間、かつての持ち主たちの思い、そして作られた時代の空気……。私に経済力があったら……と臍(ほぞ)を噛みつつ、じかに手にできる幸福を噛みしめる時間は夢のようです。

002
京都の古美術商が持ってきた唐津の徳利は、かつては油壺だったのだとか。
003
先日伺った食事会で、メインは根来の椀で。

古美術、骨董といわれるものを収集する人たちには、3つのタイプがあると思います。ひとつは投資的目的、もうひとつが他者へのアピール、そして自身の喜びのためです。そして最後のタイプを数寄者と呼ぶのではないでしょうか。たとえ国宝や重要文化財であっても、自分がピンと来なければ手にしない。その一方で、ジャンクなものでも洒落を感じ気に入れば傍に置く。そこで支えとなるのは、自身の審美眼だけです。モノを見る目。それが確かなのも自分、濁っていても自分。簡潔至極でありながら、非常に厳しい世界です。しかも目が確かなだけでは足りず、出合う力、決断力、そしてもちろん経済力も問われます。しかし数百年もの間、骨董をめぐりこの目の確かさに賭けてきた人たちがいるのも確かです。明治の経済界を支えた数寄者たちもきっと、ビジネスだけでなく骨董古美術の世界で、こういう賭けをしつづけてきた人たちなんだと思います。

人生とは選択の連続です。選択をしない日などありません。そのとき、自分が選んだものは自分の目であると自覚することがいくつあるだろう、とふと考えることがあります。着るもの、食べるもの、読むもの、飾るもの、話す人、向かう場所……。久しぶりに招かれた席で、主の目で選ばれた品々だけに囲まれた空間で、いま一度背筋を伸ばそうと思ったのと同時に、自分の好きという感覚を大切にすることの重要性を再確認したのでした。そしてその好きの質を高めなければと。スタイルとは、情報からは生まれません。ひとえに自分の眼にかかっているのです。

004
唐津の皮鯨、李朝の粉引。素朴なたたずまいのなかに愛嬌を感じませんか?

プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)がある。
http://ttanakatoshie.com/

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