旅と暮らし

観る者たちを幸せな気持ちにさせる笑顔とヴォーカル
それを間近に感じられる貴重かつぜいたくなクラブ・ライブ

2018.05.02

内本順一 内本順一

観る者たちを幸せな気持ちにさせる笑顔とヴォーカル<br>それを間近に感じられる貴重かつぜいたくなクラブ・ライブ

2017年4月の赤坂BLITZ公演からわずか1年で、コリーヌ・ベイリー・レイが日本に来てくれる。前々回の公演から前回公演までは6年も間があいたものだったゆえ、こんなに早くまた来てくれるとは驚きだし、とてもうれしい。しかも今回はビルボードライブ東京で6月8日・9日・10日と3日間連続公演(ビルボードライブ大阪は6月6日)。各日2ショーあるので恐らく回によって多少セットリストも変わるだろう。1回と言わず、できれば複数回観に行きたいところだ。

1979年にイングランド北部の都市リーズで生まれたシンガーソングライター。15歳のころからヘレンというガールズ・ロック・バンドを組んで活動し、バンドでのメジャーデビューも決まっていたが、「表現したい感情がひとつの音楽スタイルではとても表現しきれないと感じて」ソロに転向。2006年3月にアルバム『コリーヌ・ベイリー・レイ』でソロデビューした。

UKのアルバムチャートで初登場1位に輝いたその作品は4カ月後に日本でも発売され、切ないデビュー曲「ライク・ア・スター」、そして明るくポップな「プット・ユア・レコーズ・オン」が続けてヒット。木漏れ日を浴びながら自転車を走らせるMVも爽やかだった後者は彼女の代表曲となり、いまもラジオでかかることがよくあるし、ライブで歌われればひときわ大きな拍手が起こる。このころのコリーヌは隣にいる誰かに歌いかけるような歌唱法で、サウンドはどこまでもオーガニック。歌詞は押しつけがましさのないパーソナルなもので、それらの合わさった彼女の音楽は日常にスッと溶け込む感覚があった。「ジャンルで言うならネオソウルだが、エリカ・バドゥほどディープではないし、インディア・アリーほど明確な主張もない。むしろデズリーとかノラ・ジョーンズの音楽に通じる人肌感があり、ほどよいアンニュイさがやわらかなシーツのように心地いい」とは、自分がその当時ある女性誌に書いた紹介文だが、まあそんな感じだった。

当時したインタビューでコリーヌがこんなふうに言っていたのが印象に残っている。

「最近のモダンR&Bサウンドが私は好きじゃない。巧妙すぎるし、完璧すぎる。私はむき出しでエモーションがあふれ出ている昔のソウルミュージックのほうが好き。完璧であるかどうかなんてどうでもいいのよ。それよりも私は温かみの感じられるサウンドにこだわった。それがこの1stアルバムなの」

このころの彼女はプリンスに気に入られて彼のライブに出演したり、2007年にリリースされたハービー・ハンコックによるジョニ・ミッチェル・トリビュート作『リヴァー~ジョニ・ミッチェルへのオマージュ』の表題曲「リヴァー」に参加するなどして活動の幅を広げていたものだったが、2008年3月に悲劇が起きた。コリーヌの夫でサックス奏者であったジェイソン・レイが事故死したのだ。2007年の冬からコリーヌは2枚目のアルバムの制作に取り掛かっていたが、この事故のショックでしばらく活動を休止。およそ1年、無気力なまま毎日キッチンのテーブルのところに座っていただけだったという。

2009年に入るとコリーヌは、深い悲しみ・痛み・喪失感と向き合いながらも、どうにか踏み出すためにレコーディングを再開。完成させた2ndアルバム『あの日の海(原題:The Sea)』は2010年1月に発売された。このときにしたインタビューで彼女はこう話した。

「こうしてアルバムを完成させることができたのは大きな成果だと思っている。1枚目とは違う音になったけど、私はリスクを恐れない勇敢なアーティストでありたかったの。音楽から身を引こうとは思わなかったわ。音楽を作って歌うという行為は、自分には避けられないものだから」

ナチュラルさが魅力だったデビュー作からグッと深みが増し、数曲では生々しく感情を歌に込めていた。曲調も多彩になり、喪失感の含まれた静かなバラードから希望を感じさせるポップソング、荒々しいファンクロックまであった。

「あらゆる種類の感情を網羅したいと思ったの。つらい時間は長かったけど、楽しいと思えた時間だって確かにあったのだからね」と、コリーヌはそう話した。そしてその夏、彼女はフジロックにも出演。またカヴァーEP『The Love』も発表し、そこに収録されたボブ・マーリーのカヴァー「Is This Love」で初めてグラミーの最優秀R&Bパフォーマンス賞も獲得した(オリジナルで素晴らしい曲がたくさんあるのに、これが彼女の唯一のグラミー獲得曲というのは、ちょっと微妙な気持ちにならなくもないが)。

3枚目のオリジナル・アルバム『ザ・ハート・スピークス・イン・ウィスパーズ』が発表されたのは、2ndアルバムから実に6年もの月日が経った2016年5月のことだ。時間があいた分だけ音楽性もビジュアルアプローチも大きく変わり、彼女はこのアルバムで“新しい私”を伝えていた。イギリスだけでなくL.A.にも7カ月滞在してさまざまなミュージシャンとセッション。制作の中心にいたプロデューサーは2013年に再婚してコリーヌの新たな夫となったスティーヴ・ブラウン(デビュー作からコリーヌを支えたプロデューサー/ピアニスト/エンジニア)だが、L.A.の女性3人組キングも制作に大きく関与し、さらにエスペランサ・スポルディング、マーカス・ミラー、ポール・ジャクソン・ジュニア、ピノ・パラディーノ、モーゼス・サムニーほか多彩な外部ミュージシャンたちとコラボした。1作目と2作目はギターで曲が書かれたオーガニックなものだったが、この3作目は彼女がギターから離れてシンセを多用。エレクトロニックな質感が強まり、ヴォーカルも浮遊感があったり、逆にパワフルだったり開放的だったりと表現の幅が大きく広がっていたものだ。

ただし、意欲作でありながらも楽曲の水準は少しばかり低く、アルバム全体としても焦点が絞り切れていなかった印象があったゆえ、1作目と2作目が好きだったファンの間では評価が分かれることにもなった。この3作目の曲を中心にしたライブは、どうなのだろう。自分もそう思いながら6年ぶりとなった昨年4月の赤坂BLITZ公演を観に行ったのだが、果たしてそれは過去3度の日本公演(2007年2月の恵比寿ザ・ガーデンホール、2010年7月のフジロック、2011年3月の渋谷AX)よりも遥かに素晴らしいものだった。見せ方や歌い方がそれまでと極端に変わったわけではない。が、過去最高にコリーヌにしかない魅力を感じられたショーだった。バンドはギターとドラムとキーボード(キーボーディストはシンセでベース音を出したりも)の3人というミニマルなあり方だったが、それがまずコリーヌに合っていた。そういう編成であるがゆえ、曲ごとにリズムやタイム感が変化してもコリーヌは自在にそこに歌で乗っていける。途中でキーが合わずにやり直した曲もあったが、全然OKに思えるインティメイトな感覚があって、それもその編成ゆえだろうと思った。要するに、とても自由にのびのびと歌っているように感じられたのだ。

“自由にのびのびと”と書いたが、もっと言うなら自分には彼女が“いまここで歌っている”ことに対して心底喜びを感じているように見えた。生きていることの喜びと歌っていることの喜びが、声からも表情からも身体からもあふれ出ているように感じられたのだ。

彼女は観ている人たちをも幸せにするような笑顔を何度も見せた。実際のところ日本に限ってあれほどの笑顔で歌っていたわけじゃないだろうし、もっと反応のいい観客のいる国だってあるだろう。いつだって彼女はあの笑顔でステージに立っているのだろう。が、彼女自身が日本の観客の前で歌うことをいちばん幸せに感じているんじゃないかと観ている全員に思わせる、あれはそれくらい最高の笑顔であり歌唱だった。「いつだってこのテンションで各国をツアーしてますよ」というような巡業感覚がゼロで、「このライブだけが特別なもの」であるかのように彼女は感じさせてくれた。それこそが彼女の稀な表現力なのだろうし、人柄のよさ……人間力のようなものなのだろうと、そう思った。

これまで何百人もの女性シンガーにインタビューしてきたが、実際あんなにも人柄のよさを如実に感じさせるシンガーはそうそういない(自分が過去にインタビューした女性シンガーのなかで人柄のよさトップ3といえば、プリシラ・アーン、イナラ・ジョージ、そしてコリーヌだ!)。上品で、柔和で、インタビュアーに対しても思いやりがあって、答えは誠実かつ丁寧で……。そういう“女性としてのステキさ”が音楽表現にそのままつながっている人。

そんなコリーヌの最高の笑顔も長い腕の動きも息遣いも間近に感じることができるのだから、今回初となるビルボードライブ公演は絶対に見逃せない。しかもこれは初めてのアコースティック・ショーになるとのこと。本当に楽しみだ。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」(http://ameblo.jp/junjunpa)でライブ日記を更新中。

公演情報

Billboard Live
コリーヌ・ベイリー・レイ
Corinne Bailey Rae

【大阪公演】
公演日/2018年6月6日(水)
料金/サービスエリア12,000円 カジュアルエリア11,000円(カジュアルエリアのみワンドリンク付き)
問い合わせ/06-6342-7722
所在地/〒530-0001 大阪市北区梅田2-2-22 ハービスPLAZA ENT 地下2階

【東京公演】
公演日/2018年6月8日(金)、9日(土)、10日(日)
料金/サービスエリア12,000円 カジュアルエリア11,000円(カジュアルエリアのみワンドリンク付き)
問い合わせ/03-3405-1133
所在地/〒107-0052 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガーデンテラス4階

その他詳細についてはオフィシャルウェブサイトにて
www.billboard-live.com

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