旅と暮らし

新世代ジャズ黄金期の象徴と言われる
サックス奏者が新作を携え来日。
パワフルで壮大なサウンドが心を解き放つように鳴り響く

2018.07.05

内本順一 内本順一

新世代ジャズ黄金期の象徴と言われる<br>サックス奏者が新作を携え来日。<br>パワフルで壮大なサウンドが心を解き放つように鳴り響く

今年発売されたジャズのアルバムなかで、いや、ジャズのアルバムに限らずとも、6月に出たカマシ・ワシントンの『ヘヴン・アンド・アース』ほど高い評価を得て大きな話題になった作品はないんじゃないだろうか。間にEP『ハーモニー・オブ・ディファレンス』(2017年)があったが、多くの聴き手に衝撃を与えた1stアルバム『ジ・エピック』から数えると約3年ぶりの新作。CDは『Earth』と題された盤と『Heaven』と題された盤の2枚組とされていたが、実際は隠しディスクまでついた3枚組大作(アナログ盤は5枚組!)で、それもまた購入者たちを驚かせた。

“新世代ジャズ黄金期の象徴”と言われる米・ロサンゼルス出身のサックス奏者カマシ・ワシントンは、1981年生まれの37歳。テナーサックス奏者の父親のもとで幼少期より楽器演奏を始め、これまでハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、ケニー・バレルといった錚々(そうそう)たるジャズ・ミュージシャンに加え、ローリン・ヒルやスヌープ・ドッグのバックバンドで吹いたり、チャカ・カーン、ケンドリック・ラマーらと共演したりもしてきた。今回の新作を完成させた直後のタイミングで、渋谷で会って話を聞くことができたのだが、とても熱心にいろいろ語ってくれる男で、笑顔がすごくチャーミング。両手に大きな指輪をたくさんつけていて、聞いたら「世界のいろんな場所で手に入れたものなんだ」と言っていた。

新作『ヘヴン・アンド・アース』は、『ジ・エピック』の長いツアー終了後、2016年5月ごろから制作をスタートさせ、「曲が湧いてくるたびに、これはどういう意味のある曲なんだろうと考えながら制作を進めていった」そうだ。
「『ジ・エピック』のときも初めから“こういうものを作ろう”とは決めずにオープンに構えていたらいろんな曲が湧いてきて、徐々に正体が見えていった。今回も一緒だよ。レコーディングしていくうちにだんだんと明確なものが見えてきたんだ。よくバスのなかでバンドのメンバーたちといろんな議論をするんだよ。“どうしてこんな世の中になったんだろう”みたいなことをね。それが、湧いてきた曲のイメージと合致した。曲のひとつひとつがそうした僕たちの考え方や感じ方を反映していて、その積み重ねがアルバム全体のメッセージになったという、そんな感じだね」

そういう制作の仕方は、絵を描いている感覚に近いものだと、カマシは言う。今回浮かんだ絵は『Heaven』と『Earth』。「物理的な意味でその言葉を用いているわけではないけど」と断ったうえで、彼はこう説明してくれた。

「人間にはふたつの世界が広がっていると僕は考えていて、ひとつはいま自分が体験しているこの世界。もうひとつは無限の可能性を生かすことで生み落とせるはずの世界。前者をアース、後者をヘブンと例えてみた。でもそのふたつは分けて考えられるものじゃなく、互いに影響を及ぼしながら進んでいく並行世界のようなものなんだ」

2016年5月ごろから制作がスタートしたとカマシは言ったが、そこから2年の間にもアメリカ社会は大きく変容し、とりわけトランプ政権誕生によってさまざまな問題と歪(ひず)みが表面化。それに対する音楽での意思表示といったニュアンスもあるかと聞くと、彼はこう答えたのだった。

「まあ、あの人のことをよく思ってる人は僕の周りにはいないわけだけど(笑)、現実的に考えるとあの人もひとりの人間でしかないんだよね。トランプによって世の中の問題がより深刻になった側面はあるけど、僕らが抱えている問題はあの人が就任する前から連綿とあったし、それに対してずっと戦ってきたわけだよ。つまり大統領ひとりを超越した話なんだ。そこで僕らはどうすべきかって話をミュージシャン仲間とよくするんだけど、結局ね、“トランプの影響下にある世界”と“僕らが生きたい世界”は別物なんだから、あの人と違う理想を描いている僕らは僕らでエネルギーをひとつに集中させれば、別の世界を作ることも可能なんじゃないかと、そう思うんだよ。現実の世界に縛られている人たちはたくさんいるけど、僕は自分の持つささやかな影響力で、そういう人たちが少しでも解放されればいいなと思う。そんな考えをバンド仲間たちと共有して、このアルバムを作ったんだ」

スコアはカマシが自分で書く。前作以上に今作はメロディアスなところとインプロ的な部分とのバランスが絶妙に思える。彼はどの程度メロディーを決め込み、どの程度を即興でいこうと考えて作っているのだろうか。その基準はあるのだろうか。

「僕の曲の作り方は普通と逆なんだよ。もちろん基本的なコード進行やメロディーやリズムも自分で作るけど、ある程度作った段階で“こんな感じでよろしく”ってミュージシャンに投げて即興でやってもらっちゃうんだ。それに関してダメ出しはまずしない。で、それがいい感じだったら持ち帰って、そこからアレンジを考える。弦楽器を入れたり、クワイアーを加えたりするわけだ。それが自分にとっての作曲なんだよ。つまり、基本の形はインプロからできたもので、そのあとでコンポーズがくる。そのやり方で、ちょうどいいバランスが取れるんだ。こんなやり方で曲を作る人は、あんまりいないんじゃないかな(笑)」

そんなカマシが真夏にビルボードライブ東京で2日間、単独公演を行う。「日本の観客はすごく曲に入り込んで聴いてくれる。音楽に対する熱の高さを感じるね」と言う彼は、新作『ヘヴン・アンド・アース』の壮大な世界をナマでどう表現するのか、とても楽しみだ。

プロフィル
内本順一(うちもと・じゅんいち)
エンタメ情報誌の編集者を経て、90年代半ばに音楽ライターとなる。一般誌や音楽ウェブサイトでCDレビュー、コラム、インタビュー記事を担当し、シンガーソングライター系を中心にライナーノーツも多数執筆。ブログ「怒るくらいなら泣いてやる」でライブ日記を更新中。

公演情報

Billboard Live TOKYO

カマシ・ワシントン
Kamasi Washington

公演日/2018年8月19日(日)、8月20(月)
料金/サービスエリア 11,000円 カジュアルエリア 10,000円(カジュアルエリアのみワンドリンク付き)
問い合わせ/03-3405-1133
所在地/〒107-0052 東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウンガーデンテラス4階

その他詳細についてはオフィシャルウェブサイトにて
www.billboard-live.com

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