旅と暮らし
俳優・岸谷五朗、街を呼吸する。
第11回 渋谷
2018.09.06
渋谷は「谷」である。隣にある青山、代官山の間に位置し、地下鉄の銀座線が頭上を通る。場所によってはかなり急角度となる斜面から、特異な土地の形状を実感できるはずだ。
実は、岸谷五朗は渋谷が苦手だった。
「合わなかったですね。若かりし頃の僕には、どこかウソっぽい感じがしました」と手厳しい。特に90年代にセンター街(現バスケットボールストリート)を根城にしたチーマーの存在を挙げる。「一般人に危害を加える。あれが許せなかった。本物の不良は不良とだけケンカをし勝手に結果を作りますから」
やんちゃだったという若いころの武勇伝を笑顔のオブラートに包み、かつての渋谷を振り返る。確かに一時期、その治安の悪さが問題となった。ただし、しばらく前からそういった犯罪は激減し、現在の渋谷は前よりもずっと安全で健全な街になっている。岸谷もそのことにはうなずく。
「確かに変わりましたね。子どもが新宿よりも渋谷で遊ぶと聞いたほうが、親はみんな安心するのでは。そうなったのは、僕らよりもっと若い人たちの功績でしょうね」
演劇、映画、ドラマで幅広い活躍をする岸谷は、悪役でも抜群の存在感を示す。ただし、本人は悪役というより脇役という言葉を使い、演じる楽しさをこう語る。
「主役はドラマ全体をまとめて引っ張っていくのが仕事です。そのためにきれいな中心でなければならない。それに比べると、脇役はいろいろなアプローチができますから、役づくりが楽しめますよね」
街をドラマにたとえるなら、渋谷の主役は谷底のスクランブル交差点だろう。しばしば外国人を感嘆させる整然とした流れは、確かにきれいな中心と言える。そして魅力的なバイプレーヤーは、ここから放射状ににぎわいが拡散する迷路のような坂道。惹(ひ)きつけられる若者たちが、今日もそのふたつを自由に行き来する。
ステージと観客席が明確に差別化されたプロセニウム(額縁舞台)というより、街全体にその双方が行き交う巨大なコロッセオ(円形劇場)のようだ。メビウスの輪のごとく、整然と混沌が切れ目なくつながることこそ、渋谷の魅力と言えるかもしれない。
<渋谷とは?>
現在は都内でも屈指の混雑率を誇るエリアだが、明治半ばまでは閑散とした郊外であり、風光明媚(ふうこうめいび)さに惹かれて与謝野鉄幹、国木田独歩、竹久夢二らの文化人が居を定めた。転機となったのは関東大震災で、打撃を受けた都心の店舗が移転したことが現在のにぎわいの端緒となった。その後、山手線に東横線、玉電こと玉川電気鉄道、市電(玉電、市電ともに現在は廃線)が乗り入れたことから、一大商圏となる。街の象徴とも言えるスクランブル交差点は、海外からの観光客にとって格好のインスタスポットに。駅前を中心に進行中の大規模な再開発は2027年にすべて完了の予定。
<訪れた店>
東京サロナードカフェ
渋谷マークシティにほど近い場所にある雑居ビルのワンフロアをリノベーション。以前はストリップ劇場で、一段高くなったステージと花道の形状を活用し、オープンキッチンとアプローチに仕立てている。アンティーク家具が並ぶインテリアがシックだ。昼から夜まで軽食、メイン料理、ソフトドリンク、お酒がリーズナブルに楽しめる。開発・運営のリノベーションプランニングは、ほかにも渋谷界隈に同様の再生物件を多く手がけている。〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂1-11-3富士商事ビル2階 営業時間11時~24時 無休
http://renovationplanning.co.jp/portfolio_page/tokyo-salonard-cafe-dub
参考文献/「盛り場の歴史散歩地図」赤岩州五著(草思社)
<岸谷五朗(きしたに・ごろう)>
1964年生まれ。大学時代から劇団スーパー・エキセントリック・シアターに在籍し、1993年「月はどっちに出ている」で映画初主演にして多くの映画賞を受賞し高い評価を集め、以降テレビ・映画での活躍を広める。94年に独立後、寺脇康文と、演劇ユニット地球ゴージャスを主宰。出演以外に演出・脚本も手がけ、毎公演ともソールドアウト、今年の新作「ZEROTOPIA」で動員数100万人を超えた。2018年10月には、テレビ東京、BSジャパンで放送、Paraviで配信される『天 天和通りの快男児』にて主演を務める。
ブレザー¥280,000、ニットシャツ¥120,000、シルクジャージ¥86,000、トラウザーズ¥71,000、スニーカー¥59,000/すべてダンヒル(ダンヒル 03-4335-1755)
掲載した商品はすべて税抜き価格です。
Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up:INOMATA(&’s management)
Text:Mitsuhide Sako (KATANA)