旅と暮らし

今、なぜビジネスマンにアートが必要なのか?

2018.11.30

今、なぜビジネスマンにアートが必要なのか?

ストライプインターナショナル東京オフィスのエントランスにて。どてっと座って不敵な笑みを浮かべるのは、ロサンゼルスを拠点にパンクで子どもじみた悪ふざけのような作品を世に送るポール・マッカーシーの作品。日々対峙する石川社長は、アートを通し、何を思い、学んでいるのか?

かつてビジネスの成功者がその証しとして手に入れる「買い物」といえば、不動産や豪邸、高級車や時計のような、万人にとってわかりやすい市場価値のある物だった。近年日本でも、成功した若手経営者が現代美術をコレクションするケースが増えている。もちろん過去にも書画骨董(こっとう)の収集により美術史に名を残した実業家は何人もいた。一方、現代の実業家たちが、資産的価値においては未知数の、同時代を生きる作家のアートに注目するのはなぜなのか。

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会議室に設置されたコンセプチュアル・アートの旗手ライアン・ガンダーの近作は、ピカソの名画を自身で模写した壁紙とその原画。「ピカソもガンダーも同時代のシーンをプロデュースする特異な存在です」(石川社長)

「存命する芸術家を応援することは、人材開発に参画するという意味でもビジネスと共通する部分があります」

なかでも、株式会社ストライプインターナショナルの石川康晴社長は、個人のコレクションにとどまらず、2014年に石川文化振興財団を設立し、翌年公益法人化。2016年には生地・岡山市を舞台に、岡山市や岡山県とともに3年に一度の開催を目指して国際展「岡山芸術交流」を立ち上げた。2019年に第2回を迎えるこの国際展は、岡山市内の会場に、世界の第一線で活躍するアーティストの作品が展示され、先端的かつハードコアなアートに邂逅(かいこう)することができる。

「最先端のアートを発信することを通して、岡山の歴史的文脈を掘り起こし、都市の魅力を再発見していきたい。当社や財団のスタッフだけでなく、地域のサポートスタッフの人たちも、作品や展示空間に対する愛着や知識が確実に高まっています」と石川社長は確信する。

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エントランスには、70〜80年代にカナダを中心に世界中のメディアを侵食し、メンバー3人のうち2人がエイズで世を去ったジェネラル・アイデアの代表作も。企業のフロントに本作を置く姿勢に自信と気骨を感じる。

経営心理にも生かされる
20代、30代のアート体験

彼がアートに興味をもち、コレクションしていこうと思ったのは20代のころだ。23歳で起業した当時、海外に買い付けに行くたびに、ロンドンならテート、パリならポンピドゥーセンターといった美術館に足を運び、焦点を定めず幅広くアートを鑑賞しつづけた。30代のころ、福武財団が手がける直島(なおしま)のアートプロジェクトを訪れ、アートが島の人たちの誇りにつながったことを知って、アーティストの創作と経営心理学の関連性についても考えはじめた。コレクションを始めたのは、自社の経営が軌道に乗りはじめたころだ。

「存命する芸術家を応援することで、美術史の文脈に伴走しながら、人材開発に参画することに醍醐味(だいごみ)を感じます。サポートすることは楽しい」と明快に語る。

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「中2のころから服が好きすぎて、小遣いやバイト代をすべて服につぎ込み、洋服屋になることだけを考えてきた」という石川社長。いい意味で子どものように自身の欲求に率直で、行動の指針を明快にもつリーダーだ。

「特にアーティストのキャリア開発の過程に興味があります。作家と会うときは2、3時間かけて食事をして、個別にレクチャーを聴くことがエンジンになっています。美術教育は世界的視野でのリテラシーを高めると考え、その考え方をビジネスにも生かしています」

「岡山芸術交流」では、出展作家の選定や展示構成を指揮するアーティスティック・ディレクターに、2016年はリアム・ギリック、2019年はピエール・ユイグとトップアーティストを招聘(しょうへい)してきた。彼らが自身の鋭敏な時代感覚をもって提示するコンセプトは、石川社長の経営ビジョンにも存分にインスピレーションをもたらしている。

「ユイグの活動は以前から注目してきました。彼独自の生き物のように成長する彫刻作品と生態系をめぐる考察は、僕自身のビジネスのあり方にもひとつの指針になっています。例えば、企業側がコントロールしすぎない、スタッフやお客さまの行動心理をオーガニックに捉えるワークショップ的なアプローチといった側面です。アーティストとの対話は閉鎖的な発想を壊してくれるんです」

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世代の近いアーティストとの熱心な交流を通して、自身のビジネス感覚を精査する。ユイグの生物学的進化をめぐる考察のように、ときには「現状で足踏みをしてコンサバに陥りがちな発想を覆してくれる」(石川社長)。

現代のビジネスマンに不可欠な
クリエーティブ感覚を育む

マーケティングの中枢である東京オフィスには、パブリックスペース一帯にコンセプチュアル・アートが設置されている。

「アートを置くことですぐに影響が出るわけではないけれど、クリエーティブ部門の育成、さらにはクライアントからの反応にも期待しています」

現在、コレクションは約300点に及ぶが、将来は600点を目指し、岡山に美術館を設立するビジョンを描く。「さらに都市開発の一環として〝泊まれるミュージアム〞を構想しています。犬島、直島、倉敷など、瀬戸内一帯を『瀬戸内アート・リージョン』とし、そのキャピタルを岡山に置くことが目標のひとつです」。少年時代に浜辺でキャンプをした犬島。青年期にインパクトを与えた直島。旧世代が礎を築いた大原美術館のある倉敷。石川社長の展望は彼自身をつくりあげてきた文化的環境を包括して広がる。

石川社長が特にフォーカスする「コンセプチュアル・アート」は、一見して誰もが即座に理解できる作品ばかりではない。不可解なものに対して、ときに〝大人〞は不安や抵抗、反感を抱く。また理解したところで爽快とも心地よいとも限らない。それが現代のアートの特徴であり、同時にグローバル社会のコミュニケーションの縮図であるとも言えよう。アートは時代とそこに生きる人間の映し鏡なのだ。現代の経営者にとってのアートを所有することでしか得られない醍醐味とは、その鏡の奥に、極めて説得力のある未来像を見通すことなのかもしれない。

アートを日常に根付かせる
石川社長の現代美術コレクション

今回訪れた東京オフィスをはじめ、2016年に開催された「岡山芸術交流」をきっかけに岡山市内に現代アートを根付かせ、思考に揺さぶりをかける石川コレクションの一部を紹介する。

<AT OFFICE>

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東京オフィスはもちろんのこと、岡山県岡山市に置かれる本社にも、コンセプチュアル・アート作品が展示さる。ストライプインターナショナルの社風の心臓部とも言えるクリエーティブな発想、思考を育む環境が、スタッフの日常に根付いている。

執務室へと続く東京オフィスの廊下の壁にプリントされるのは、アメリカ出身のコンセプチュアル・アーティストであるローレンス・ウィナーの作品。スタッフも来客も通るスペースに、一見意味不明だが示唆的な警句が大きく掲げられる。デザイン部門の人員開発の意識改革だけでなく、スタッフとクライアントとのコミュニケーションツールとしてもひと役買っているという。

<AT OKAYAMA>

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    ピエール・ユイグ《 未耕作地》2012 制作協力:株式会社山田養蜂場 ©岡山芸術交流実行委員会 写真:市川靖史
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    ペーター・フィッシュリ ダヴィット・ヴァイス《より良く働くために》1991 ©岡山芸術交流実行委員会写真:市川靖史

Photograph:Masahiro Shimazaki
Interview&Text:Chie Sumiyoshi

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