旅と暮らし
得意先との距離を縮められる上質な焼き鳥屋「焼鳥今井」
[状況別、相手の心をつかむサクセスレストラン Vol.08]
2018.12.18
カジュアルな接待に焼き鳥が向く理由(わけ)
日本人で焼き鳥が苦手という人はまずいない。香ばしく焼けた鶏を、串からぐいとほお張る行為は無礼講というか、いい意味でのラフさを演出してくれる。炭の上に脂が落ちて上がる煙やパタパタとうちわで仰ぐ音に、誰しも“上がる”。
とはいえ、得意先を連れて行くとなったらガード下というわけにはいかない。主人の志の高い、確かな焼きの技術を有する店であることがまず第一条件。当然ながら、酒にもこだわりを持っていてほしい。そして、昨今のせちがらい接待予算がクリアできる良心的な価格の店であること。また、焼き鳥の醍醐味(だいごみ)は香りをかぎ、焼ける様子を見ながら食べるカウンター席にあるわけだから、個室の必要はない。むしろカウンター席が少なく、予約が取りにくい店でも困る。そうしたもろもろの条件を見事にクリアしてくれるのが、神宮前に2016年にオープンした、「焼鳥今井」だ。
厨房を囲むカウンター30席のにぎわいが壮観な「焼鳥今井」
厨房をぐるりと囲む形で30席すべてがカウンター席という造りになっている。店主の今井充史さんは、焼き鳥の総本山ともいうべき、銀座の「バードランド」の系列店で修業したのち、独立。千駄木でわずか10席の店をひとりで切り盛りし、たちまち予約の取れない人気店となった。しかし、持てる技術や知識を後輩に伝えていきたいと、30席の店へ形態を変えて再スタートを切った。
得意先との話を最優先したい接待においては、アラカルトよりもコースで頼むのがスマートだろう。焼鳥今井には、軽めのコースと、ボリューム的にも大満足の2コースがあり、ここでは、後者を紹介しよう。
しゃれた前菜とワインでスタート
ひと皿目の突き出しはうまみの凝縮した焼きムール貝と、しゃれている。続いてスペシャリテのレバーパテ。濃厚でなめらかな舌ざわりに合わせて店主の今井さんが選んでくれたのは、宮城県の「ファットリア アルフィオーレ」というワイナリーのデラウェア。
「必ずしも白で始める必要はありません。軽めの赤やロゼから始めて、キリッとした白に戻るのもありです」と。そう、今井さんは、毎年このワイナリーを収穫の手伝いに訪れるほど、ワインにもこだわっている。食材のパワーとバランスの取れる自然派のワインをこよなく愛し、店のラインナップはそうした観点で選ばれている。コースに合わせてお任せでワインを頼むことも可能だ。
攻めの焼き加減が生む、香ばしくジューシーな焼き鳥
焼き鳥はささみ磯辺巻き、レバー、つくね、松風地鶏の串焼きなど、そのときどきで5本くらいが供される。写真はソレリス、レバー、内モモ。ソレリスとはモモの付け根にある歯ごたえのある部位のこと。鶏肉は甲斐路八ヶ岳シャモを中心に、週1~2回兵庫県三田の松風地鶏を使うそうだ。「焦げを恐れずに攻める気持ちでギリギリまで焼いて、さっと返します。焼き時間が変わるので、表と裏の塩加減も変えています」と今井さん。それだけ、焼き鳥というのは繊細な技術を必要とする食べ物なのだ。
大満足のコースは親子丼で締めくくり
焼き鳥の合間には、ブリオッシュとマンゴーを焼いたフォワグラで挟んだしゃれたひと皿が出される。こうした斬新な料理をあいだに挟むことで、単調になりがちなコースに変化がつく。ワインはフランスのジュラ地方の余韻が深いガヌヴァなどを合わせるといいだろう。あいだに旬の野菜焼きやカチョカバロチーズの焼いたものなどを挟みつつ、焼きものの最後にはフランスの鴨の名産地シャラン産の鴨をじっくりと炭火であぶった鴨焼きが供される。ワインはイタリアのトリンケーロのヴィーニャデルノーチェを。今井のなかでは最も濃い赤ワインのひとつだ。締めの親子丼は、火が通るか通らないかのとろとろの卵がたまらない。そしてデザートは名物のプリンとくれば、どこからも文句の出ようがない、そんな渾身のコースだ。
カウンターで肩を並べて香ばしい焼き鳥をかじり、細胞のすみずみにまで染み渡るようなナチュラルワインに身を任せれば、あっという間に得意先との距離が縮まるに違いない。
Photograph : Makiko Doi