紳士の雑学

背水の陣からスタートした30年。
“創作的喜劇人”としての到達点に達したその先へ
「大人計画」主宰 松尾スズキ インタビュー

2018.12.25

背水の陣からスタートした30年。<br>“創作的喜劇人”としての到達点に達したその先へ<br>「大人計画」主宰 松尾スズキ インタビュー

松尾スズキが“松尾スズキ”として活動を始めて30周年。それはすなわち“大人計画”の30周年をも意味する。いまや押しも押されもせぬ人気劇団に成長した大人計画だが、その立ち上げ時の松尾の状況は、「まさに背水の陣だった」と明かす。

「九州から東京に出てきたころは何をやってもダメで、野垂れ死にするしかないな、くらいのことを本気で考えていたんです。でも大人計画を始めたことで一気に運が回ってきて。とはいえ演劇にしろ、映画にしろ、小説にしろ、最初は素人が手探りで始めたこと。そのひとつひとつが実を結んで、最近やっとプロになってきたなと思えている段階です。ただ僕のなかには“初めて手を出すものがコケない”っていうジンクスがあって、例えば初のプロデュース公演、悪人会議『ふくすけ』(1991年)は結構当たって話題になりましたし、初のミュージカル『キレイ~神様と待ち合わせした女~』(2000年)もそう。つまり初めてということに恐れを抱かず挑戦してこられたのは、もともと“背水の陣”というバックボーンが自分のなかにあるからだろうと。そうやって手がけてきたものが一定の評価を得られたことは、やっぱり自分の自信にもつながっていますね」

劇団員には、宮藤官九郎、阿部サダヲ、皆川猿時、荒川良々ら、ひとつの作品のなかでしっかりとした演技力と個性を光らせることができる実力派ぞろい。さらに松尾を含めた劇団員に共通するのが……。

「調子に乗ってないってことですよね。わきまえつつも目立つときは目立つ、みたいな。あとバラエティー番組に出てワイワイできるような俳優はあんまりいらないかな(笑)。もちろん番組に協力はしますけど、調子には乗らない。少しミステリアスでいてくれたほうが、フィクションのなかで生きると思いますし。あと“テレビはこうあるべき”みたいなことと違うところにいる人間が、テレビにいてもいいと思うんで逆にテレビ向きかも」

松尾にとって、ほかのメンバーとはまた少し違う思い入れのある劇団員がいる。前出した『キレイ』から大人計画に参加している、平岩 紙と近藤公園だ。

「平岩と近藤に関しては、“育てた”って思いがありますね。ほかの人間はとりあえず崖から放り込んで、勝手に這い上がってこい、みたいなところがありましたけど(笑)、このふたりはかなりあとに入っていますから。先輩たちとは実力の差が段違いだったわけです。もうそれはそれは鍛えましたし、ふたりとしてもあんな魑魅魍魎(ちみもうりょう)の先輩のなかに放り込まれて(笑)、無理にでも成長せざるを得なかっただろうなと。それでいま、みんなに拮抗するような存在になって、今度平岩は森田 剛くんが主演の舞台(※『空ばかり見ていた』)でその相手役をやるとか。そういうのを人づてに聞いたりすると、自分の“大人計画すごろく”は一周回ったなと感じます」

そんな松尾が次に動いたのは、自ら主演を務める映画を監督するということ。その『108~海馬五郎の復讐と冒険~』(2019年秋公開予定)は、妻に浮気された脚本家が、妻への復讐のため、108人もの女を抱こうと奔走する一大コメディーだ。

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「自分っていうのは“創作する喜劇人”というジャンルの人間だろうし、いま、そういうことができる人間というのは、そんなにいないだろうという自負もあったんです。それがこの『108』でひとつの到達点を迎えられ、またこれが新たな始まりでもあるのかなと。主人公の海馬五郎は、ある日急に足場を取っ払われた男。そういう男がこの状態になったとき、どんなドタバタを起こすのか。やりたかったのはやっぱりスラップスティックなので、とにかく笑わせないと意味がないってことは考えましたね。さらにそこにエロを加えた。エロで笑わせるというのは難しいことですから。それでどうせやるならどエロでいこうと(笑)。引くぐらいのエロはダメですけど、引いた先にお花畑が広がっているようなエロなら(笑)、それはもう笑えるんじゃないかと思ったんです」

撮影はすでに終了。その仕上がりに自信をのぞかせる。

「かなり理想に近いかたちで撮れたとは思います。特に病室での父の死に際のシーン。あれは最高に面白い、カオスなシーンになったと思いますね。エロス(愛の神)とタナトス(死の神)がつながって、同時空間にあるっていうのは、ある意味哲学的なシーンにもなったなと。ただ内容が内容なので、それに対して拒絶反応を示さない人がいないわけがないと思っていますし、たたかれるのも覚悟のうえです。でも30周年ですから。この際“笑わせる者”から“笑い者”になってもいいのかなと(笑)。意外と笑われるのも嫌いじゃないんですよ」

“創作的喜劇人”という意味においては、『108』で到達点を見た松尾。だがその歩みは、まだまだ止まることはなさそうだ。

「こないだの『ニンゲン御破算』(2018年)でかなりうまくいったと思うんですが、“音楽と演劇の融合”というのはもっと突き詰めてみたいですね。僕の作品って、笑いだけじゃなくて意外とドラマチックでもありますから。僕は生き方がへただからかっこつけられない。ドライな芝居を観ると、本当に自分は濡れてんだなぁと(笑)。濡れながら生きているんだなと思いますね」

Photograph: Takuma Imamura
Text: Rumiko Nogami

松尾スズキ(まつお・すずき)
1962年、福岡県生まれ。88年、「大人計画」を旗揚げ。97年の『ファンキー! ~宇宙は見える所までしかない~』で岸田國士戯曲賞を受賞するなど、数々の賞を受賞。作家、演出家、俳優、脚本家、映画監督としてマルチに活躍している。2018年は「松尾スズキ」と「大人計画」の30周年となり、小説『108』(講談社)をはじめ、『人生是、途中なり』(朝日新聞出版)、『「大人計画」ができるまで』(文藝春秋)など多数の著作を出版したほか、12月18日からは30周年の記念イベント「30祭」を開催中だ。また、監督・脚本・主演に挑んだ映画『108~海馬五郎の復讐と冒険~』が2019年秋に公開予定となっている。

松尾スズキ+大人計画30周年記念イベント『30祭』
http://otonakeikaku.jp/stage/2018/30/index.html
『108』(講談社)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000317437
『人生是、途中なり』(朝日新聞出版)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4022515856/

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