紳士の雑学

自然(じねん)の精神のもと、ガストロノミーの果たす役割を追求
「NARISAWA」成澤由浩氏
[シェフがつなぐ食の未来]

2019.03.07

写真・図版 小松宏子

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地球がかつてない危機に瀕しているいま、食資源の問題は、年を追うことに深刻さを増している。ガストロノミーという、食糧問題の対極に位置すると思われがちな世界のトップシェフたちも、こぞって環境の問題に取り組みはじめている。オリジナリティーやテクニックと同様に、サスティナブルでエシカルであることが、いま彼らに求められているのだ。ともすると世界のなかでは環境問題への意識が低いと言われる日本だが、日本のシェフたちのなかにもすでに立ち上がっている人は少なくない。まずは、彼らの活動を知り、思いを共有したい。

そうしたインタビューを始めようと思っていた矢先、日本を代表するトップシェフ、成澤由浩氏が昨年12月、国際ガストロノミー学会の最高位「Gran Prix de l’Art de la Cuisine」を受賞した。それは、国連、ユネスコ、EUなどと連携しながら、食文化の伝統を守りつつ、その発展に寄与すると同時に、現代料理の芸術的創造性を奨励する国際的組織が設けた賞である。

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過去には昨年亡くなったジョエル・ロブションをはじめ、アラン・デュカス、フェラン・アドリアといった料理界の重鎮が受賞しており、今回の贈賞は、世界のトップ・オブ・トップであることの証しにほかならない。「正直、驚きましたが、この10年の活動をずって見ていてくれていたということが何よりうれしかったですね」と成澤氏は喜びの声を聞かせてくれた。

成澤氏の料理は「イノべ―ティブ 里山キュイジーヌ」と称される。森があり、里山があり、田畑や川、そして海がある豊かな日本の自然のなかでも、特に里山に食文化の本質が詰まっていると、その魅力をガストロノミーで表現したものだ。欧州の名だたる三つ星店で修業後、正統派のフランス料理から、目指す方向性が変わっていった道程を聞けば、取り組みの本質が見えてくるに違いない。

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成澤 「帰国後、小田原の「ラ・ナプール」で8年、青山にNARISAWAを開いたのが2003年。その間、よりよい素材を求めて日本中の畑を回り、当然のことながら、安全な食材は健康な土からしか生まれないことを実感しました。しかし、とても衝撃を受けたのは、おいしい無農薬野菜を作るためには、自分たちがきちんと畑仕事をするだけではダメ、社会とのつながりがあって、初めて実現できることなんだという事実でした。

例えば、新たにゴルフ場が建設され、農薬が流れてきただけでアウトなのだそう。だから彼らは政治家とのつながりにも熱心に成らざるを得ない。そうして安全の源流を探っていくうちに、豊かな海も、豊かな畑も、森が作っているのだというところに行き着きました。最初はそこまで見えなかったんですね。さらに、森と畑の中間にある里山という日本独自の自然に日本の食文化の源が詰まっていることも。それと相前後して、店で使う食材は国産のものに限ろうと決めたのですが、それらの持ち味を最大限に生かそうとすると、フレンチやイタリアンのテクニックより、和食や中国料理のほうがしっくりくるものもたくさんある。

そうして、料理の方向が少しずつ変化していくなかで、海外のジャーナリストが食べに来ると、『お前の料理はフレンチではない』と言いはじめたんです。では、なんと表現しよう……里山料理か? とはいえ、囲炉裏で焼くような郷土料理ではもちろんありません。里山の魅力をNARISAWAというフィルターを通して、ガストロノミーとして表現している。そこで、Satoyama Inovativeと説明するようになったんですね。ちょうど、ヘストン・ブルメンタールの『ファット・ダック』や、フェラン・アドリアの『エル・ブジ』も自分たちの料理のジャンルを表現するのに困っていた時代でした」

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── 果たして、成澤氏の料理が海外で注目されはじめ、頻繁に海外のゲストが訪れるようになったきっかけはなんだったのだろうか?

成澤 「いちばん大きかったのは『土のスープ』ですね。土つきのごぼうを刻んで土ごと煮込んだ料理ですが、極東の日本に、エライものを食べさせる店があると、口コミでうわさが広がったようです。そして、2009年の12月、「シェフ、イギリスから電話です。シェフにしか話せないそうです」と受話器を渡され、何かあったかなと不安な気持ちで電話に出たら、ワールドベストレストラン50にランクインしたと言うんです。僕自身、その存在を知らなくて、たまたま、ヘストン・ブルメンタールの店のスーシェフがスタジエ(研修)で来ていたんですが、彼が小躍りして、俺たちは仲間だと喜んでくれました。当時はヘストンが1位でしたから。

ちょうどその時期には、森にフォーカスした料理が形をなしたころで、日本ではまだ、言葉としても根付いていなかったサスティナビリティに対して、感度の高い世界の料理界はすでに着目していたんですね。受賞後は、各国から誘いがあり、2カ月に1度くらいずつ海外に出て、ガストロノミーとサスティナビリティをどうやって融合させるかということを、真剣に語ってきました」

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土のスープ
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NARISAWAの店内

── 努力が実り、2011年には、権威ある料理学会『マドリッド・フュージョン』で、最も影響力のあるシェフのひとりに選ばれた。自然と共にある“自然(じねん)”という日本人の生き方や精神性をガストロノミーというメディアを通して世界に広め、同時に、身近な自然(しぜん)を守ることの大切さを知らしめた功績が評価されたのである。それから8年がたつが、その間、世界のトップシェフたちは、環境問題や社会問題により真剣に取り組んできた。それはなぜだろうか?

成澤 「ガストロノミーを通して、世界のすみずみにまで目が行き届くようになったことも大きな理由でしょう。ちょうど私が20年前に農家を訪れ、政治の問題に気付いたのと同じ現象ですね。ワールドベストレストラン50の功績もとても大きかったと思います。ミシュランと違って、これまで誰も振り向かなかった地域、例えば飢饉(ききん)や難民、政治不安の問題を抱えた国からも、注目されるスターシェフがでてきて、多くの人の目が、その国に注がれるようになる。すると、食を通して、社会問題が赤裸々に見えてくる。地球上では飢餓で苦しんでいる人がいるなかでガストロノミーを追求することは、反社会的行為なのかという話にもなるのですが、私はそうは思っていません。生きるために食べるだけでは動物と同じ。芋ひとつでも、いかにおいしくいかに楽しく食べるかということは、人間だけに与えられた特権で、それこそが食文化を育んできたわけで、その権利を全うすべきだと思っています。

だからこそ、食べることに満たされていて、文化も楽しめる、恵まれた環境にある人たちが、地球の問題として取り組まなくてはならないのです。だからこそ、意識の高いトップシェフたちは、いま自分にできることは何なのかと、必死で摸索しているのでしょう。私自身も同じです」

── 受賞後、ますます注目を集めるなかで、具体的にこれから力を入れていきたいことは何かと聞いた。

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成澤 「日本においては、これからしていかなければいけないことのひとつは、地方の(食の)活性化だと考えています。それは、地方の方たちが日々目にしている自然がいかに宝の山であるかということを、認識してもらうことです。一度荒れ果てた田畑を戻すのに何十年とかかりますから。昨年オープンしたBEES BAR BY NARISWAはひとつのよい例ですが、花や木の実、木の根などを漬け込んだリキュールでカクテルを作れば、自然の恵みにわかりやすい付加価値をつけることができます。森で採取する人も価値に気づき、バーで飲む人は山や森に興味を持つことができる、という具合に。

同時に、いますぐにでもやらなければいけないことは、80歳以上の方たちの生活の知恵をきちんと引き出し、受け継いでいくことです。地元の講演会でおじいちゃん、おばあちゃんたちに言うんです、『ちゃんと教えてからあの世に行ってね』って。皆、大笑いです。また、地元の小学生に向けて料理を作るなど、体験学習会を開く。そんな形で地方とは丁寧にお付き合いを続けています。イベントをやって一過性の花火を打ち上げるだけでは何も残らない。地道な努力だけが実を結ぶと信じています」

── 世界のトップシェフが、自ら進んで、地味とも言えるそうした活動を長く続けてきていることは、ほとんど知られていない。声高に言う気持ちもないのであろうが、そうしたことを伝えるのも、我々メディアの役目である。世界で認められて初めてその価値に気づくことの多い、情けない国民性ではあるが、自らの風土、自然、食文化の尊さに気づくことからまず始めなければいけないのだと、改めて認識させられた。

<プロフィル>
小松宏子(こまつ・ひろこ)

フードジャーナリスト。料理研究家の家庭に生まれ、幼いころから料理に親しむ。雑誌や料理書の編集・執筆を通して、日本の食文化を伝え残すことがライフワーク。『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。 

Photograph:Nariko Nakamura

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