特別インタビュー
TRUNK代表取締役社長 野尻佳孝の挑戦とは─?
東京生まれ東京育ちによる新プロジェクト進行中
2019.04.22
かつてウエディング業界に新風を巻き起こした風雲児はいま、ホテル業界にイノベーションを起こそうと奮闘している。その人物像と注目のプロジェクトを追う。
底冷えする冬の朝、野尻さんは東京・某所にいた。花街の面影残す路地にかつての老舗料亭が静かにたたずむ。現在、この建物を一棟貸しのホテルにリノベーションしようというプロジェクトが進行中だ。
この日は現地に赴き、工事の進捗(しんちょく)状況を細かくチェックするのが彼のミッション。
「ここはトイレ?」
「お風呂のスペース、でかくないか?」
「この空間は喜ばれそうだね」
野尻さんは、図面と向き合いながら、ときに真摯(しんし)に、ときに冗談交りに現場スタッフと語り合う。
「正直、パリやロンドンにも(トランクホテルと)同じようなホテルをつくることはできます。でも、僕らは東京でしかつくれない唯一無二のブティックホテルにこだわりたい。そのためには街の背景にある歴史や文化をきちんと咀嚼(そしゃく)し、新しいものへとアウトプットしていかなければいけない。最近、わかってきたのは、僕らの得意分野は量よりも質だってこと」
東京生まれの東京育ち。東京を愛し、誰よりも東京の魅力を知っているという自負が、野尻さんの心の中にはあるのだろう。日頃から、東京の街を1カ月に50時間以上歩き回っているという。そこで感じるのは、東京にはまだまだ知らないことがたくさんあるということ。
「渋谷、六本木、銀座……それぞれの街に顔がある、こんなユニークでカオスなビックシティーは、ほかの先進国を探してもないでしょう。だから僕は東京をもっともっと魅力的な街にしていきたいし、世界の人にも知ってもらいたい。ここ数年、海外進出のオファーもたくさんいただいていますが、トランクホテルをつくるにあたって研究してきたこと、その労力を考えたら、いまは東京以外での展開を考えられないです」
ホテル業界にイノベーションを
トランクホテルでは、「アトリエ」というクリエーティブチームを社内に設けている。制作ディレクター、設計者、グラッフィクデザイナー、企画チーム、映像クリエーターなど、総勢10名以上の人材を採用し、ホテルに関わるクリエーティブ業務をすべて内製化している。
「既存のホテル業界ならアウトソーシングが普通。ましてや、まだ1軒のホテルしかつくっていないのに社内にクリエーティブチームを抱えるなど非効率と言われても仕方がない。でも、どの企業も業務の効率化、コスト削減を求める世の中で、あえて真逆をしてみたかったんです」
トランクホテルには、社内マニュアルが存在しない。効率化を目指してマニュアルをつくった時点で想像力を失い、思考停止に陥ってしまうと野尻さんは考える。
「マニュアルで動くのではなく、一人一人が主体性をもち、自分のやりたいことを仕事にすることが大切。僕の仕事は、社員みんなが仕事のなかで、『やりたい』を見つける環境を作ることです」
親会社のテイクアンドギヴ・ニーズは昨年、創業20周年を迎えた。そこで先日、勤続10年以上の社員250名を対象とした20周年イベントを3回に分けて開催。会場では創業当時の映像を流しながら、笑いあり、涙ありのさまざまなエピソードが披露された。常に気さくに社員と接する野尻さんに部下とのコミュニケーションのとり方について尋ねると「コミュニケーション? まったく意識してないです」と、こともなげに、笑みを浮かべる。たぶん彼なりの照れ隠しなのだろう。
「目の前の人を喜ばせるためにバカになれと言ってきて、僕は20年掛かって、そんな集団をつくれたと思っています。このイベントのときに、本当にすてきな会社だなあと心から思えたんです。こんな会社が日本にあることが、この国の誇りになるようにしていかなきゃいけない。社員が2500名にもなれば、大企業的発想になりがちだけど、だからこそ、ベンチャー精神を忘れずに、新しい市場創りに挑戦していきたい。あらためてそう思います」
プロフィル
野尻佳孝(のじり・よしたか)
東京都出身、1972年生まれ。明治大学卒業後、住友海上火災保険(現三井住友海上火災保険)に就職。1998年、26歳でテイクアンドギヴ・ニーズを設立。2001年に現在の新ジャスダックに史上最年少で上場。2006年、東証一部に史上最年少で上場。2010年より同社代表取締役会長に。2017年、TRUNKを設立し同社代表取締役社長に就任。2018年より明治大学経営学部の教授として教壇に立つ。
Photograph:Takahiro Sakata
Text:Satoshi Miyashita
※アエラスタイルマガジンVol.42からの転載です