靴
一生モノの靴との出合い。 #3
長く履きつづけてこそ愛着が湧く英国靴の真髄
2019.07.09
新しい元号となり、気持ちも新たに毎日を過ごしていきたい。その第一歩として、まずは足元から見つめ直してみてはいかがだろうか。作りもデザインも上質なマスターピースな一足とともに、令和の世の中をじっくりと踏みしめ闊歩(かっぽ)していただきたい。
紳士靴を語るうえで、はずせないのが英国製のシューズ。特に「靴の聖地」として称えられるノーサンプトンは、優れた靴を生み出す地域として知られている。ここで生まれる靴の多くは、上質な革を使用して、伝統的な技術を持った職人の手により、グッドイヤーウェルト製法で作られる。いいモノを手を掛けながら長く愛用する、という英国の哲学がここでは変わることなく息づいているのだ。
牛革の供給が安定する地の利があり、革なめしに欠かせないタンニンの元となる樫の木が多く自生し、さらにネーヌ川を中心に良質な水が得られるノーサンプトン。そのため中世には革なめし業が盛んであった。やがて職人が集まり、靴作りが行われるようになり、その後、19世紀の産業革命時に工業化とともに靴作りが盛んになり、繁栄を極めた。グローバル化が進んだ現代では、コストの安い地域に生産者の多くは移ったが、一生モノの優れた靴はいまもなお、ここ英国の靴ブランドにより生まれていることを覚えておきたい。
CROCKETT&JONES クロケット&ジョーンズ
創業以来の手法を受け継ぎ、
品質を誠実に追求する
聖地ノーサンプトンで、1879年から靴作りを続ける老舗メーカー。世界中で最も多く木型のバリエーションをそろえていることで知られ、多くのOEM生産の経験を生かした堅牢で洗練された製品が評判を呼んだ。1足を作るために約8週間かかるグッドイヤーウェルト製法をはじめ、防水性を持たせたベルトショーン製法など、熟練した職人のみが可能な手作業の製法を継承している。伝統を守りつつ、高いデザイン性を併せ持つクロケット&ジョーンズは、英国靴のすべてが詰まっていると言って過言ではない。
TRICKER’S トリッカーズ
英国の伝統に沿って製作された
王室も認める究極の実用靴
今年190周年を迎えるトリッカーズは、代々ノーサンプトンで靴作りを続けている。当初から優れた製造品質と耐久性で定評があったが、1840年に世界初のカントリーブーツを誕生させたことで一気に有名となり、現在ではチャールズ皇太子も愛用する英国王室御用達ブランドに成長した。このカントリーブーツを作るには、260もの工程があり、製造するのに約8週間かかるという手の込みよう。圧倒的な耐久性と英国靴らしい紳士的なデザインを併せ持つ、まさに究極の実用靴なのである。
JOSEPH CHEANEY ジョセフ チーニー
時代の空気を巧みに読み解き
柔軟なバランス感覚のある英国靴
1886年に英国ノーサンプトン州デズバラで創業し、熟練職人によりカッティングからファイナルポリッシュまでの全工程を一貫して自社生産で行うジョセフ チーニー。英国伝統のグッドイヤーウェルト製法をベースに、高いスキルを有する職人の手により、160以上の工程を8週間もの時間をかけて1足ずつ生産している。さらに多くの著名ブランドのOEMに柔軟に対応してきた経験をもとに、新しいスタイルにも挑戦し評価を高めている。英国の伝統を背景に、時代感のある靴を生み出している。
ANTHONY CLEVERLEY アンソニー クレバリー
歴史に隠れた孤高の天才職人の
ビスポークシューズを現代に再現
1958年にビスポークシューズ専門店を開設したジョージ・クレバリー。独自のチゼルトウやパーフェクトなフィッティングで多くの靴好きを魅了したことで知られ、死後、ジョン・カネラとジョージ・グラスゴーによって再興された。2013年にはジョージ・クレバリーと共に働いたこともある、甥のアンソニー・クレバリーの名を冠したプレステージラインがスタート。もう一人の孤高の天才として知られるアンソニーの靴の素材やラストを再現し、復活させた。英国靴の奥深さを感じられる名靴だ。
GAZIANO&GIRLING ガジアーノ&ガーリング
ビスポークの要素がふんだんに詰まった
英国ドレスシューズの新星
2006年設立と英国靴としては新興勢力。しかし、元エドワード グリーンのビスポーク部門責任者トニー・ガジアーノと元ジョージ・クレバリーのビスポークアウトワーカー、ディーン・ガーリングというビスポークの世界で名が知れ渡った二人が手を組んだ注目ブランドだ。2014年には、メンズファッションの聖地サヴィル・ロウに直営店をオープン。「クラシック・デザインでありながら、最高級のビスポーク靴と既製靴を同時に作り出す希少さ」をアイデンティティーとして生み出される至高の靴は圧巻だ。
SANDERS サンダース
世界の多くの警察や軍隊が採用する
コスパのいい質実剛健な英国靴
1873年にウィリアム・サンダースとトーマス・サンダースの兄弟によってノーサンプトンのラシュデンで設立。多くの熟練職人を雇いながら伝統的なグッドイヤーウェルト製法を引き継ぎ、そのクオリティーは折り紙つき。そのため、イギリス国防省(MOD)のレザーシューズをはじめ、世界各国の警察や軍隊などにも採用されている。時代に合わせた靴作りにも積極的で、硬い履き心地のグッドイヤーウェルトの靴を、柔らかな履き心地へと改良するなど、新たな靴作りにも積極的だ。
「アエラスタイルマガジンVOL.43 SUMMER 2019」より転載
Still Photograph: Shouichi Muramoto
Styling: Tomohiro Saitoh(GLOVE)
Edit&Text: Yasuhiro Okuyama(POW-DER)