特別インタビュー
いま、日本人に必要なのは、
国際社会で通用するボディランゲージ。
2019.07.10
仕事やプライベート、どんな状況でもすぐに成果を出す人がもつ、ある特徴。いますぐ身に付けたいビジネスパーソンのスキルだ。
グローバル化が急速に進むなかで、価値観や文化的背景の異なる相手から瞬時に信頼を得るためには、言葉だけでなく、立ち居振る舞いでも説得力をもつことが大切です。
私が非言語コミュニケーションの指導をしていたニューヨークでは、ビジネスリーダーを目指す男性たちが、ブロードウェーなどで活躍していた俳優や演出家などをトレーナーにつけて、発声法や、表情、身振り手振りといったボディランゲージ(身体言語)についての指導を受けながら、影響力を高めるためのプレゼンテーションスキルを磨いていました。
ビジネスの世界でも政治の世界でも、人々をけん引するリーダーたちは、言葉に説得力があり、精神的な強さをも感じさせる自信にあふれたボディランゲージを駆使しています。
アップルの創業者であり、プレゼンテーションの達人と呼ばれるスティーブ・ジョブズは、たった5分間の短いプレゼンテーションであっても、準備に数百時間も費やしてきました。ステージに登場するときの歩き方、第一発声までの間の取り方、話すときに手を動かすスピード、腕を上げる位置、顔の向きに至るまでを緻密(ちみつ)に計算していました。
一見、自然に出てきたように思える手の動きや姿勢の変化も、見る者の心理的影響を考慮して考え抜かれた演出だったのです。
また演説の天才と呼ばれたヒトラーも、演説の際の身振り手振りや発声法は、オペラ歌手のパウル・デフリーントから指導を受けていました。
ヒトラーといえば、手を上に高く掲げて、感情的に声を張り上げながら演説する姿を思い浮かべる方が多いかと思います。権力を掌握する以前の、独自でスピーチを考えていたころのヒトラーのボディランゲージというのは、不規則で粗いジェスチャーが際立っていました。
しかし、オペラ歌手のパウル・デフリーントから個人指導を受けるようになってからは、言葉と関係のないジェスチャーをすべて取り除くように努めたのです。
手のひらの上げ下げのスピードや、聴衆に向けて指をさすタイミング、胸に手を当てつづける時間、個々の仕草など、言葉のインパクトを強めるための演出として用いるボディランゲージに関しては、事前に念入りなメモを作って練習をしたそうです。
演説本番では聴衆の反応を絶えず見ながら、後日修正を繰り返して、どのように伝えれば最も説得力が強まるかを徹底的に研究していたと言われます。
同じ演題でも、聴く者の気持ちの状態に合わせて、朝・昼・夜とでは言葉に込める熱量やスピード、そしてジェスチャーを変えました。
入念な準備なくして
名演説は生まれない
昨今、日本の経営者の方々のなかでも、素晴らしいプレゼンテーションを披露する方が増えてきました。2015年以降、そのプレゼンスタイルに劇的な変化を見せられたのが、トヨタ自動車の社長、豊田章男氏です。
以前の豊田氏は、ステージに登場する際の手の振りと足の運びが大変ぎこちなく、スピーチをしている際の身振り手振りが極端に少ないうえに、表情の変化も乏しかったため、せっかく素晴らしいお話をされても、どこか覚えてきた台本を読み上げているような不自然な印象を残していました。
しかし2015年以降の豊田氏は、余裕に満ちた満面の笑顔を見せて堂々とステージに登場するようになり、ステージの中央でスポットライトを浴びるときには、胴と足元をしっかりと安定させ、少しだけあごを上げ、胸を少し前に突き出して立つことで、堂々とした余裕のある雰囲気を醸し出すようになりました。また聴衆に向けて親しみを込めて語りかける際には、あえて体を前傾にして聴衆との一体感を自然と作り出します。
また腕の動かし方にも大きな変化が生まれました。多くの日本人が苦手とする、体の幅を超える動きを非常に効果的に使うようになり「ここは強調したい!」というメッセージを伝える場面では、指先にまでしっかりと力をみなぎらせながら、腕の高さを顔の横にまで引き上げたり、体の横幅を超えた手の動きをしたりすることで、注意を存分に引きつけるダイナミックな印象を作り上げています。
この腕の高さを顔の横にまで引き上げ、手を体の範囲外へ大きく伸ばす仕草は、プレゼン慣れしていない方にとっては違和感を覚えるケースが多いのですが、母国語でも英語のプレゼンテーションでも変わらず堂々とやり遂げる豊田氏を見ていると、積み重ねてこられた訓練の賜物だと言わざるを得ないでしょう。
余計な仕草を取り除いて
信頼度を高める
では私たちは普段のビジネスシーンで、どのようなことを意識すればいいのでしょうか。今回は大切なポイントを3つに絞ってお伝えしたいと思います。
1つ目のポイントは相手に安心感を与えるために、攻撃されると生死に関わる部分である「顔・喉元・胸元・股間・足」の5つをオープンな状態にしておくことです。
胸の前で腕を組む、股間の前で手を組む、手で顔や頭、首に触れるなどといった急所を隠す行為は、緊張・不安・警戒といったシグナルを見る側に伝えてしまうことになります。
しかし、「顔・喉元・胸元・股間・足」の5つのポイントを開いた状態で見せると、相手を警戒せずに心を開いている、リラックスして安心しているというメッセージをわかりやすく伝えることができます。
2つ目は、「言葉と矛盾した行動や態度を取らないこと」です。たとえば「お任せください」と言いながら、頭の位置がわずかに横に傾いていたり、「すごいですね」と言いながら、片方の口角が上がる瞬間など、皆さんも目の前の人の言っていることと態度とのギャップに違和感を覚えられた経験は少なからずあるでしょう。
言葉と表情、言葉と仕草や姿勢との間にギャップがあるとき、本音を表すのはボディランゲージのほうです。このギャップをいかにコントロールするかが、信頼を得るうえでの重要な鍵となります。
3つ目は、余計な動きを一切取り除くこと。後頭部をかく、顔や首に触れる、頭をかく、腕をさする、時計やネクタイ、ベルトに触れるといった仕草は、不安な気持ちや動揺を鎮めるために、私たちが知らず知らずにする行為です。
これらの行為は半ば無意識で出るものですが、あまりに多いと、「自信がない」「神経質」「落ち着きがない」というネガティブな印象を与えかねません。商談や面接、プレゼンテーションでは特に気をつけたいものです。
ボディランゲージは
言葉よりも雄弁
ある程度、教養のある大人の語彙(ごい)数は約5万語といわれるなかで、私たちは70万種類以上のボディランゲージを使って、日々周囲の人々とコミュニケーションをしています。
私たちは、正しい言葉の読み書きは学校や家庭で習っても、人の表情や仕草からその人の感情を読んだり、自分の表情や身振り手振り、姿勢を効果的に使ったりする技術については、家庭でも学校でもほとんど学ぶことはありません。
プレゼンテーションのトレーニングを幼少期から教育プログラムのなかへ積極的に取り入れている国は増えていますが、スピーチの重要性を認識し、幼少期から見せ方の訓練を積み重ねてきた人々と、社会人になってから初めて意識する人との実力差は、ますます開いていくことでしょう。
自分の表情や仕草、姿勢に関する癖は、客観的に見た人から指摘を受けないとなかなか気がつかないものです。無意識のうちになにげなく見せた仕草や表情が、面接や交渉、プレゼンといった大事な場面で、はからずもネガティブなメッセージに受け止められてしまい、コミュニケーションを阻害してしまっていることもあり得ます。
日頃なにげなくやっている自分のボディランゲージをチェックするためには、動画で撮影してみることが最も効果的です。機会があれば、自分がどのような表情や仕草で人とコミュニケーションをとっているのかを撮影して、客観的にご覧になってみてください。
ご自分の意外な癖や特徴を目の当たりにされるかもしれません。
安積陽子(あさか・ようこ)
アメリカのシカゴ生まれ。ニューヨーク州立ファッション工科大学でイメージコンサルティングの資格を取得。2005年、Image Resource Center of New York社で各界の著名人への自己演出トレーニングを開始。09年、同社の日本校代表に就任。16年、一般社団法人国際ボディランゲージ協会を設立、非言語コミュニケーションのセミナーや研修、コンサルティングを行う。著書に『CLASSACT(クラス・アクト)世界のビジネスエリートが必ず身につける「見た目」の教養』、『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』など。
Illustration:Michihiro Hori