旅と暮らし
北欧の“鉄旅”が楽しすぎる!
第1回:出発地コペンハーゲンで食い倒れ
2019.08.07
ユーレイルパスを使って、北欧4カ国2680kmの旅へ
最後に北欧を旅したのはもう7年も前のこと。夏のストックホルムの長〜い夜遊びに衝撃を覚えたのが一番の思い出だ。いまその旅を思い返してぱっと頭に浮かぶ絵も、クラブ帰りのスウェーデン美女の後ろ姿。すでに薄明るい夜更けの街に人があふれて、街自体がパーティー会場みたいだった。
その後、遠い存在になっていた北欧に、今年の4月に再び訪れた。目的は“ユーレイルパス”のスカンジナビアパスを堪能しまくること。ユーレイルパスとは、その名のとおり、ヨーロッパの国々を移動できる乗り放題の鉄道パス。
期間と等級によるが、加盟31カ国のグローバルパスなら€168から、適用1カ国のワンカントリーパスなら€51からとかなり安い。さらに驚くのが、12歳未満は保護者と一緒であれば無料ということ! これは勝手な解釈なのだけれど、ユーレイルパスを運営する本部はオランダにあり、オランダ人はカルチャー全般に熱心で旅も大事にしているから、良心価格なんじゃないだろうか。
そんなユーレイルパスに近年目覚め、いざ、北欧鉄旅へ。北欧4カ国を回るスカンジナビアパスでは黄金ルートが決まっていて、どうやら絶景の連続らしい。使用したのは1カ月有効6日間1等パス(€347)で、ルートは下記のとおり。途中船も挟むが、パスを持っていれば船もディスカウントとなる。
コペンハーゲン(デンマーク)→ヒアツハルス(デンマーク)480km
ヒアツハルス→ベルゲン(ノルウェー)600km ※船移動
ベルゲン→フロム(ノルウェー)200km
フロム→オスロ(ノルウェー)350km
オスロ→ストックホルム(スウェーデン)530km
ストックホルム→ヘルシンキ(フィンランド)480km ※船移動
1週間で2680kmの大移動! このルートでテンションが上がるのが、出発地がコペンハーゲンだということ。コペンハーゲンといえば、“世界のベストレストラン50”で4度も世界一に輝いた「noma」のある街。「noma」の知名度とともにコペンハーゲンを訪れるフーディーの数も増え、いまも新興勢力となるレストランが後を絶たない。というわけで気になる店に予約を入れ、まずは美食の都へと向かった。
調子づいて、初日からひと晩で2ディナー
フィンエアーで成田空港を午前中に出ると、コペンハーゲンに16時20分着と、夕食にぴったりのタイミング。機内食をほとんど食べず、今年1月にオープンした「THE PESCATARIAN」へと向かう。ここはコペンハーゲンで人気のレストラン「Marv & Ben」のシェフが作った2軒目の店。“魚は食べるベジタリアン”を意味する店名のとおり、魚と野菜に特化したコースを提供する。
街の中心部に位置するペブリンゲ湖周辺の民泊にチェックインしてすぐ、30分ほどのんびり歩いて店へと向かったのだが、この30分で初訪問のコペンハーゲンが好きになってしまった! 歩いてすぐに伝わる、街の安全さとゆとり。そこらじゅうにあるマンションはやたらと格好いいし、働く人は帰宅が早いし、路上アーティストのバイオリンの音色も美しく、みんな彼にきちんとチップを渡す。いい街だな!
気分がよくなって「THE PESCATARIAN」へ到着すると、そこは思い描いていた憧れの北欧デザイン。青とグレーの配色が絶妙でとてもおしゃれだ。そして、魚介のコースを頼んだ私の北欧ムードをさらに上げたのが、石っころの斜面に載って登場したホイップバターである。まさに、ニューノルディック・キュイジーヌのごあいさつのような器!
料理は塩けが強いのだけれど、味の組み合わせ自体は好きだった。ホタテにはケールとバターミルクのソースをかけていたり、食べたことのない味の重なりが新鮮。ただ、生の魚介に藻の風味をがっつり利かせてきたりするので、北欧に着いて早々、無性に日本酒が飲みたくなってしまった。
少々強い塩けの連続に疲労感が出たころ、最後に食べた人参とタイムのデザートに救われた。土の味と素朴な甘さが絶品。今回は魚のコースにしたけれど、もしかしたら野菜のコースのほうが自分には合っていたかもしれない。雰囲気はとてもよく、オイスターバーとしても営業しているそうなので、次回はさくっと牡蠣(かき)とワインのために訪れたい。
世界一のレストランのセカンドラインは当日でも入れた
21時ごろ、食い意地がおさまらず、2軒目「108」にゆっくり歩いて向かった。ちょうど日が落ちたころで、道中の空の青みが忘れられない。
「108」は予約が幻と化した「noma」のセカンドラインにして、すんなりと入れるレストラン。席数も多いし遅い時間にひとりなら大丈夫だろうと、予約なしで行くと、やはりOK。散歩で渇いたのどにと自家製ビールを頼むと、これが、まあおいしい。デンマークはクラフトビールが有名な国でもあり、この街の食をリードする美食軍団のビールがおいしくないわけがない。
ここでは、ポロ葱(ねぎ)、モンクフィッシュ、うずらの3品をオーダー。うずらを頼んだことが大正解だった。ガチョウ脂でコンフィにした一匹丸ごとのうずらには20種類の食材が使われ、エキゾチックな残り香がいい。「手でどうぞ」という提案どおりにうずらをつかみ、首までかじる様子は野獣のようだったと思う。遅い時間で周りに人がいなくてよかった。
メニューを決める際に、ひとつ気になるものがあった。キャビアのせ昆布アイスクリームである。これは絶対に食べたいと思ったが今晩じゃない気がした。すると、通常は隣にあるカフェバーでは出さないメニューだが、「言っておきますから、明日これだけ食べに来てもいいですよ」と、柔軟な対応。翌日、出直すこととなった。
どの街でも試したい市場飯の北欧版は、やはり魚介だった!
コペンハーゲンとはデンマーク語で“商人たちの港”を意味するが、マーケットに行けば港町らしい食文化を目にすることができる。そこで2日目のランチに訪れたのが、「Torvehallerne KBH(トーブハーレヌ・コービーボー)」。市場飯が多く並び、例えばサンドイッチ屋の具材は、サーモン、ニシン、魚卵、海老と、港街ならではのラインアップ。どれもこれも具だくさんで目移りする!
そしてデンマークはじめ北欧の人たちといえば、コーヒーが大好き。基本的に浅煎りのコーヒーを、日に何杯も飲むという。筆者もコペンハーゲンでの2泊3日で4軒のコーヒーショップを試したが、このマーケットに入る「Coffee Collective」での一杯は、これまで飲んだコーヒーのなかで一二を争うおいしさだった。さすが、デンマークのサードウェーブコーヒーを代表する店。空を眺めながらコーヒーを飲んだら悦に入って、さらにコペンハーゲンが好きになった。
出直して食べたキャビアアイスクリームに感動!
2日目の夕方、キャビアアイスクリームを食べに再び「108」へ。いまやさまざまなファインダイニングでキャビアが登場するけれど、同店のそれは圧倒的にユニークで、キャビアの食べ方の理想と思うほどの逸品だった。
そもそもキャビアはあの食感や舌触りが魅力で、でもキャビアより堅い固形物の何かと一緒に食べることのほうが多かったりする。それがここでは、昆布アイスクリーム。キャビアが舌の上でもろく崩れる、ぬめとろな瞬間を静かに堪能できた。そして、キャビアが潰れた瞬間に、キャビアのうま味と昆布のうま味がほんのり甘いミルキーさのなかで一体となるのも面白い。少し香ばしいヘーゼルナッツのソースもよくはまっている。
ペアリングで提案されたオレンジワインは、アイスを食べてから少し間をあけて飲むと、一体となった食材の風味をじわじわと上らせた。残り少なくなるキャビアアイスクリームを大事に味わい、すべてがなくなったときにこう思った。
「明日も食べたい」
1年に1回は訪れたいレストラン「Relæ」
後ろ髪引かれるコペンハーゲン最後の夜、ディナーに選んだのは「Relæ(レレ)」。なぜこの店を選んだかといえば、自社農園をもっていると読んだのがきっかけで、HPに書かれたクオリティー ファーストのメッセージと、どこか軽快そうなノリにもひかれた。
オーナーシェフのクリスチャン・プグリージ氏は「noma」出身で、2010年に「Relæ」をオープン。“世界のベストレストラン50”では最高39位、2019年は56位の店だが、注目すべきは2015年から2年連続でサステナブル賞を2年連続で受賞していること。
実際に行ってみると、彼らはサステナブルへの意識が高いというより、無駄を出さないアイデアや自然の恵みが本当に好きで、サステナブルの徹底は自分たちにとっての楽しいやり方という印象。だからか、大都市に位置している店なのに田舎や畑を連想させる瞬間が多々あった。
料理は飾りっけがない。しかし、食べてみれば見えない職人技が利いていて、ビジュアルではなく味わいに華がある。すべての皿がしっかり記憶に残っているが、ひとつだけ挙げるとしたら“白樺ヌードル”だ。
一見、かけ蕎麦のようなそれは、実はパンからできた麺だった。前日の余ったパンの耳以外の部分に卵黄と小麦粉を混ぜてパスタマシーンで伸ばしたものだという。汁は白樺(しらかば)の樹液を煮詰めたスープ。
そのうま味の奥深さに思わず、「動物性のものは何か入っているんですか?」と聞くと、「白樺だけです」とのこと。塩と白ワインで味を調えているだけなのだ。そして、麺をかめば小麦の香りがする。汁好き日本人がほっとする、初めてのおいしさだった。
「Relæ」へ1年に1回行けたら幸せだ。自分にとって最高のレストランと出合い、北欧2日目にして満たされてしまったが、鉄旅は明日からが本番。景気づけにその後ビアバーとカクテルバーをはしごして、宿に戻ったのが深夜1時。少し寝不足となるが、翌日、しっかり目が覚める景色が待っていたから問題はなかったのだった。
プロフィル
大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、年に10回は海外に渡航。タイ、スペイン、南米に行く頻度が高い。最近のお気に入りホテルはバルセロナの「COTTON HOUSE HOTEL」。Instagramでも海外情報を発信中。