旅と暮らし
北欧の“鉄旅”が楽しすぎる!
第3回:教科書で知ったあの“フィヨルド”は、想像を上回る絶景だった!
2019.08.21
銀世界を走るベルゲン鉄道に早くも感動!
今回の鉄旅のハイライトと言える、ベルゲンからフロムまで約200kmの旅路が始まる。ベルゲン駅ではアウトドアブランドを着込んでスキー板を担ぐ人も多く見られ、列車が北の山間地へ進むことを実感(4月中旬)。まずは標高867mのミュルダルへ2時間かけて向かう。
15:57 ベルゲン→ミュルダル(ベルゲン鉄道 EX64)
18:00 ミュルダル→フロム(フロム鉄道)
18:45 フロム着
列車はフィヨルドに連なる山々の間を進んでいく。序盤は頭に雪をかぶった山と麓の村というのどかな景色が続き、その眺めは私を心底リラックスさせた。せわしなさとは対極の時間。癒やされた結果……、あろうことか世界屈指の景勝ルートで15分ほど居眠りをしてしまった!
そして、目が覚めるとそこは一面の雪景色。数分の間で季節が変わってしまったように、辺りは雪で覆われていた。太陽の光が雪に反射し、まぶしいほどの白銀と青空が広がる。人工的なものが何も目に入らない銀世界に感動! ベルゲン鉄道の車両は鮮やかな赤色なので、外から雪の中を走る様子を見てみたいとも思った。
ところでこの列車でうれしかったのが、食堂車で販売しているビールの種類が豊富だったこと。ノルウェーのクラフトビールの雄、ハーン醸造所のビールもいくつかあり、ペールエールをオーダー。フロムに着くまで雪見酒を楽しんだ。
どんなアトラクションよりもフロム鉄道のほうが面白かった!
ミュルダルに到着したら、いよいよ、山岳鉄道の傑作と呼ばれるフロム鉄道に乗り換えだ。標高867mのミュルダルから標高2mのフロムまでの20kmを、ゆっくり1時間かけて下っていく。
最初に鉄旅心をくすぐるのは、趣たっぷりの内装だ。先頭こそモダンなドイツ製E17型電気機関車だが、それは車両を牽引しているだけ。2車両目からはウッドで統一されたクラシックな空間となっている。また、この前後のコントラストにも個人的にはそそられた。
そんなフロム鉄道のなかで、私が乗った車両には犬が多く、犬も身を乗り出して外の景色を楽しんでいた。北欧では犬を連れて旅をする人によく出会うけれど、ゲージを持った人にはひとりも出会わなかった。
車内もすてきだが、窓の外はさらにすごい。なにせ高低差865mの山道を進むわけで、その急勾配に加えトンネルが20も配されている。トンネルを出るごとに異なる景色が広がり、アドベンチャー感満載。雪化粧から始まり、渓谷を渡り、次第に緑豊かになっていく。次に目に飛び込んでくるものへのワクワク感が止まらない。鉄道と大自然による大人の遊園地のようだ。
フロム鉄道は全席自由席。幸運にも乗車した際は非常に空いており、絶景ごとに座席を移動して撮影を堪能。特に興奮したのは、山間部を走る列車なので、高度をつけるために大きなカーブ(最大180度!)がいくつもあること。いいカーブが現れるたびに、「きたきた〜!」と窓に張り付きカメラを構える。チャンスが多いので肉眼で目に焼き付ける瞬間ももてるのがありがたい。
フロム鉄道は約20年の歳月を費やし1940年に完成した路線。ルートの8割が急配28%で3割がトンネルという山岳路線の建設は困難を極めたに違いないと想像すると、絶景もさらに感慨深い。
また、基本的に旅人を乗せる私鉄であるため運転に融通が利いていた。眺めのよい所では徐行してくれたり、フロム鉄道でしか行けない“ショースの滝”では見学のために数分停車。大迫力の瀑布を期待して列車を降りると、4月時点ではカチンコチンに凍っていたが、それも貴重な自然美。季節ごとの表情を見たい路線だなとも思った。
ストーリーに富むので1時間はあっという間だが、次の目的地がどうあれ、同じ道を戻ることが必須。二度体験できるので、ゆったりした気持ちで絶景列車をお楽しみあれ。
山間の村で15年ぶりにユースホステルに泊まる
フロム鉄道の終着駅、人口350人という小さな村であるフロムで泊まったのは、「HI Flåm」。ひとり用個室が1泊約8000円という、ユースホステルに属する宿だ。一般的なホテルよりお手頃なのはもちろん、今回15年ぶりにユースホステルに泊まり改めて知ったことがあった。
1909年にドイツで教師によって創設されたユースホステルは、当初から自然との共生や環境保護をテーマに掲げていた。教育の視点から、自然の中での唯一無二の体験が人の心を育むと考えていたからだ。近年になってラグジュアリーホテルも“サステナブル”を重視しているが、ユースホステルは遥か前からぶれずにサステナブルを貫く先駆けとも言える。
私はホテルライターでもあるけれど、最近、過多なビュッフェやバスアメニティなど、結果的に廃棄になってしまうものが多いサービスについてよく考える。使いかけのミニボトルのシャンプーが2泊目に新品に替わっていたりすると、逆に残念な気持ちになったりする(ちなみに最近は格好いいホテルほどポンプ式を採用する率が高い)。
そういうときだったので、ユースホステルの最小限の施設は、いまになって新鮮であり気楽だった。フロムという大自然に位置する宿なら、なおさらエコが気分に合う。
「HI Flåm」は地元愛にあふれるオーナーファミリーのもてなしも心温まるものだった。夜にはオーナーおすすめのビアバーへ遊びに行き、大満足。ひとつ心残りなのが、ホステルの共有キッチンを使わなかったこと。近くで山羊の生肉を売っていたので焼いてみたかった。それもユースホステルこその体験だろう。
フィヨルドの絶景を望む展望台に、ノルウェーの面白さを知る
翌日午前中はフロムに来たら絶対に欠かせない場所、ソグネフィヨルドの展望台へと向かった。教科書や地図でしか知らないフィヨルドの、生の姿を見に行く。目指したのはステーガスタイン展望台という高さ650mのビューポイントだ。
「HI Flåm」から展望台まではクルマで約30分。山道を上っていくと、時折木々の隙間からフィヨルドが見えて、すでにただならぬ光景が待ち受けていることを予感させた。
展望台に着くと、そこは山腹から30mほど木造の歩道が突き出たキャットウォークのような場所。歩きだす前から興奮が高まり、展望台の先端に立ったとき、目に飛び込んできたのは圧倒的スケールの絶景!
大迫力、荘厳、雄大……、正直どんな言葉でも表し切れない、言葉で伝えることを放棄したくなる光景だ。きれいな写真や動画を撮れたとしても限度がある。標高1700mの山々が連なり、最深部が1308mにも及ぶ世界最大規模のフィヨルドは、ここに立ったときに感じるパワーが凄まじい。氷河の侵食によってできるフィヨルドは数万年を経て誕生した地球の履歴。感服!
そんなふうに全身でフィヨルドを体感できるのは、この展望台のトリッキーなデザインのおかげだろう。突き当たりはガラス面になり、そこに立てば宙に浮いているような、フィヨルドに吸い込まれるような感覚に陥る。造ったのはノルウェーのベルゲンを拠点とするSAUNDERS ARCHTECTURE。景勝地であり名建築でもある展望台で、大自然と人間のユニークな融合を知った。
絶景の余韻を胸に展望台をあとにし、山間地の特産であるゴートチーズを買い、一路オスロへ。再びフロム鉄道に揺られ、ベルゲン鉄道に乗り換え、山とお別れ。ノルウェーのカルチャーの発信地である首都を目指す。
プロフィル
大石智子(おおいし・ともこ)
出版社勤務後フリーランス・ライターとなる。男性誌を中心にホテル、飲食、インタビュー記事を執筆。ホテル&レストランリサーチのため、年に10回は海外に渡航。タイ、スペイン、南米に行く頻度が高い。最近のお気に入りホテルはバルセロナの「COTTON HOUSE HOTEL」。Instagramでも海外情報を発信中。