紳士の雑学

気づきを与えることで、世の中の流れを変えていく
フロリレージュ 川手寛康
[シェフがつなぐ食の未来]Vol.3

2019.08.30

写真・図版 小松宏子

写真・図版

「地球環境のことを真剣に考えるようになったきっかけは、実は、子どもができたことでした。いま、おいしいと思っているものを、なんとか、子どもたちの時代まで残し、食べさせたいな、と。もちろんそれ以前にも問題意識は持っていましたが、漠然としたもので、子どもの存在が、バラバラの点をひとつの線につなげてくれたと言えます。とはいえ、大上段に構えて声を張り上げ、皆さんやりましょう!というのは苦手なんです。身の丈に合った、できることから少しずつやればいい。そのなかで料理人として、気づいてもらうきっかけを与えられたら、またヒントになる言葉を投げかけられればと思っています」とフロリレージュのオーナーシェフ川手寛康さんは話す。

まず見直したのがフードロスの問題だという。政府広報オンラインによると、日本では年間で約632万トンの食品ロスが発生しているとある。食糧消費全体が約2800万トンであるから、食品ロスは約23%にあたる。コンビニやスーパーの賞味期限切れの廃棄は問題視されて久しい。が、実は、それ以上に大きな問題なのが、農作物の約30%は我々消費者の手に届く前に廃棄されてしまうということだ。曲がりくねったきゅうりやオクラ、規格サイズに合わないじゃがいも……、そのほとんどすべてが捨てられてしまう。

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生産者を訪ねて回るにつれ、その現実を知った川手さんは、市場には出回らない野菜を、生産者から直接に買い取ることを決意し、続けてきた。1店舗で使う野菜の量には限りがあるが、続けることに意義があるからという。

「見てください、この写真。オクラというのは本来、放っておけば、巻いてしまうものなんです。それを品種改良で真っすぐにしている。これじゃあどうやってもスーパーに並ばないですよね」と沖縄の農家で撮影したiPhoneの写真を見せてくれた。大量に廃棄されている野菜を見たときにも、農家が自分たちの生活を守るために捨てているということがわかるから、もったいないとは言えなかった。

「サステナビリティの問題って、あたかも温暖化の影響だったり乱獲が原因だと思われていますが、いちばんはシステムの問題なんです。システムというのは人が作ったもの。コンビニだってそう。誰かが壊さなければ前に進めない。だから、講演の機会があれば、こうしたことを話すようにしています。不ぞろいな野菜を農家から直接買い付けることが、フードロスの問題への気づきになればと願いながら。実際のフランス料理店は、フードロスなんて関係ないというほど、無駄なく材料を使い切っているんです。修業時代にはサランラップを洗って使い回していましたから。コンソメを引いた、なんの味もしない挽き肉でまかないの麻婆豆腐を作っていましたから」と笑う。

3年半前に新しい店舗を作ったときにも、壁や床にはなるべく廃材を使った。床はそれらをヘリンボーンに張ることで、実にいい感じにおさまっている。が、ひとつひとつを見ると、傷や汚れだらけだ。壁には、友禅染の技法を用いて鉄で染めた、ニュアンスのある色の廃材を用いている。微々たることではあっても、そこには思いがあり、主張がある。

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フロリレージュの店内
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サステナビリティ牛

そしてもうひとつ、サステナビリティの考え方をわかりやすく示すフロリレージュの料理として、経産牛のカルパッチョ「サステナビリティ牛」が名高い。経産牛とは、文字どおり子牛を産んだ経験のある牝牛のことだ。日本では、肉食用の牛は出産を想定しておらず、繁殖のために出産する牛は、何回か出産を経験したのち、加工肉に回されるのだという。

なぜ、経産牛を使いたいと思ったのかを訪ねると、「本当の理由は、おいしいからですよ」と正直な答えが返ってきた。「ヨーロッパでは、ごくあたりまえに経産牛が売られていました。肉に複雑味が増し、豊かなうまみが感じられ、おいしいんです。だから、むしろ高級品として流通している。それでぜひ、使いたいなと思い、ほうぼうを探したのですが、売ってくれるルートはどこにも見つからなかった。そんなあるとき、宮崎畜産大学の学長と話す機会があり、なぜないのかを聞いたところ、システムの問題だとわかりました。実はこの10年、和牛の生産量は1.5%ずつ減っています。畜産農家の高齢化などの要因もありますが、何より大きいのは価格をコントロールするため。そんななかで経産牛が出てきてはよろしくないわけです。肉の量が増えてしまうのですから」と川手さん。

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なるほど、日本で経産牛が出回らないのにはそうした理由があったわけだ。そこで牧場に直談判して、競りに出してもらい買い戻す、というようなことをして、少しずつ経産牛を手に入れていった。「サステナビリティ牛」という、キャッチーな料理名をつけたのも、ひとりでも多くの人にメッセージが伝わるようにという思いからだ。目論見どおり多くの人の目に留まり、経産牛には豊かなおいしさがあるという新しい価値を与えることに成功した。結果、この10年で経産牛を使う店は大幅に増え、イタリアンなどはこぞって経産牛を使っている。

しかし、川手さんは言う。「実は牛肉はまったくサステナブルではないんです。食糧総生産のカロリーベースで考えると、牛肉で1kcalを摂るために、野菜が9kcal必要。つまり、牛は9倍もの野菜を食べなければ自身の体を養えないのです。その9kcalの野菜をそのまま人間が食べたほうがサステナブルであるという考え方もある。だからスローフード協会では、肉の消費量を現在の半分にしようと唱えています。理論としてはそれはもちろん正しいと思いますが、何もかもをそのように考えるとつまらなくなってしまう。いまは、まだそのステ-ジではないと思うんです。5年後には別の考え方が必要になるかもしれませんが」と、柔軟な姿勢を示す。

経産牛という価値のなかったものに価値を与え、システムをわずかにブレイクスルーした川手さん。「僕、実は、アンチ農協なんです」とも言う。野菜の価値を甘さだけで測る、その考え方が納得できないのだという。酸味や苦みやえぐみなど、野菜が本来備えていた野趣にこそ価値があるのだという。ところが農協は、長らく、より甘くするための品種改良を重ね、より自然ではないものを作り出してきた。道のりは遠くとも、野趣にこそ魅力があるのだという新たな価値を料理で表現することで、今度は日本の野菜や果実の価値基準を変えてくれるかもしれない。

プロフィル
小松宏子(こまつ・ひろこ)
フードジャーナリスト。料理研究家の家庭に生まれ、幼いころから料理に親しむ。雑誌や料理書の編集・執筆を通して、日本の食文化を伝え残すことがライフワーク。『茶懐石に学ぶ日日の料理』(後藤加寿子著・文化出版局)では仏グルマン料理本大賞「特別文化遺産賞」、第2回辻静雄食文化賞受賞。

Photograph:Nariko Nakamura

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