旅と暮らし

アートの境界を越えるメガギャラリー「ペロタン」の挑戦
ギャラリー・ペロタン中島悦子さんインタビュー

2019.11.20

アートの境界を越えるメガギャラリー「ペロタン」の挑戦<br>ギャラリー・ペロタン中島悦子さんインタビュー
ギャラリー・ペロタン アジアパシフィック代表 中島悦子さん Photography:Akemi Kurosaka / 衣装協力:Theory

日本人アーティスト・村上 隆を海外で初めて紹介したことで知られるパリ発のメガギャラリー「ペロタン」。アジアパシフィック代表の中島悦子さんに、メガギャラリーが創出する新しいアートマーケットやペロタンが独自に拡張してきたアートとサブカルチャーの境界線について話をうかがった。

メガギャラリーとは?

――世界のアートシーンでは、大規模な美術館並みに影響力のあるメガギャラリーの存在がクローズアップされています。どんな存在なのでしょうか?

中島:世界最大のメガギャラリー「ガゴシアン」や2019年9月に7000㎡の巨大スペースをニューヨークにオープンさせた「ペース」は美術館規模の展示スペースを持っています。私たち「ペロタン」はパリを本拠にニューヨーク、香港、上海、ソウル、東京の6都市にギャラリーを展開していまして、スペースの総面積は約7000㎡です。

また、広さだけではなくグローバル化とローカライゼーションも重要なキーワードです。いまやアジアの作家も世界的に注目されていますし、コレクターも各国で特徴がありますので、規模感はもちろんのこと地域特性を生かして多様化していることもメガギャラリーの条件になると思います。近年は香港と上海に多くのメガギャラリーが進出しています。

台頭するアジアのマーケット

――アートマーケットにおいて、西洋以外にアジアの存在感が増しているということでしょうか?

中島:アジアは現代アートの重要なマーケットです。世界全体ではやはりアメリカが最も大きなマーケットで全体の4割強、次にイギリスと中国でそれぞれ2割を占めます。ペロタンの場合は売り上げベースでアジア、ニューヨーク、パリの順番ですね。なかでも特に香港はタックスヘイブンであるという強みがあります。

アジアがマーケットとして台頭してきたのは、ここ10年ほどのことです。私が初めて香港を訪れたのは2010年。当時は大きな美術館やギャラリーはほぼ何もない状態でしたが、オークションハウスの盛り上がりがすごかったんです。アンティーク家具からジュエリー、中国の古美術などあらゆるものが現代アートに交じって、まるで文化の教科書のような規模感でした。そのとき「ここはきっと将来アートのハブになる」と直感し、2012年にペロタン初となるアジアの支店をオープンさせました。

香港はいまではアートバーゼルのような大規模フェアが開かれるほど成長しましたし、2016年にはタイクン(大館)という監獄と警察署の跡地を利用した現代アートの発信基地が生まれ、世界レベルの展覧会が行われるようになりました。2020年にはM+という6万㎡以上の面積を持つ巨大美術館もオープンしますし、単なるコマーシャルではないアートがしっかり根付きはじめていると感じます。


――香港につづいてニューヨーク(2013年)、ソウル(2016年)、東京(2017年)、上海(2018年)と立て続けにアジアに拠点をオープンされました。

中島:ギャラリストはマーケッターでもあると思っています。アーティストにとってどこがいちばんいいマーケットなのか、どのように見せたら魅力的なのかを考えたときに、やはりそれぞれの国や地域特性に合わせた対応が必要になりますので、その意味ではオーガニックに拡大していると言えると思います。

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パリの旗艦店 Courtesey of Perrotin

TOKYOの可能性

――日本にはどんな可能性がありますか?

中島:フランスで生まれ育った私にとって、日本には大きな憧れがあって、とにかく日本のカルチャーを吸収したかったんですよ。小説やマンガ、友達が録音して送ってくれたラジオ番組までありとあらゆるものを。古典的な日本の文化はもちろんですが、ファッションやアート、シネマなどの文化レベルもものすごく高い。

そして日本人はいい意味でクレイジーでクリエーティブだと思います。それを象徴する出来事が2002年にカルティエ財団が行った村上 隆さんの大規模展で企画された「ぬりえ展」です。会場ではアーティストの作品に交じってテレビ番組の「風雲!たけし城」や商業キャラクターが展示されていて、当時カルティエで企画展のスタッフとして働いていた私にとって、これもアートなの⁉︎と衝撃を受けましたね。そして、それはすごく「今感」があって、新しいアートの在り方を提示していたと思います。

日本にはこういったアートを生み出す素地があるだけではなく、アートを受け入れ、支える層もたくさんいます。古くは原 三渓さん、現代では六本木をアートの街に変えた森ビルの森稔さん、ペロタン東京を立ち上げるときにサポートしてくださった森 佳子(森美術館理事長)さん、直島をアートスポットに変えたベネッセ創業者の福武總一郎さんなど。そして最近では、若いコレクターもどんどん増えてアジアのコレクターと切磋琢磨しはじめているので、マーケットとしての可能性はあると思います。

現在はアジアのハブである香港が政治的に難しい状況にありますし、中国本土もまだビジネスの環境整備の面で、まだこれからの部分も多い。日本はこれからオリンピック、万博とイベントが続き、受け入れ態勢も整いつつあるので、東京が文化都市としてハブになるチャンスは確実にあると思いますし、私たちペロタンとしてもいろいろ盛り上げていきたいと思っています。

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六本木にあるペロタン東京 https://www.perrotin.com 
Courtesy of Emily Mae Smith and Perrotin
Photography:Sunao Ohmori(TABLE ROCK.INC)

アートとマーケット、お金の関係

――メガギャラリーが取り扱う作家の作品は、ときに数十億円もの値が付くこともあります。現代アートはマネーゲームでもあることに、日本人は少し違和感を感じたりもします……。下世話な話ですけど、そんなにもうかるものなのでしょうか?

中島:実はペロタンはセカンダリーを一切していません。若手を育成したり、作家と向き合って、常に一緒に歩んだりすることを重視しているのがその理由です。作品の売り上げは作家と折半ですし制作費やプロモーション費もギャラリーの経費ですので、意外かもしれませんが、みなさんが想像するようなプロフィットは出ていないんですよ(笑)。

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Photography:Akemi Kurosaka / 衣装協力:Theory

――「セカンダリー」とはどういう意味ですか?

中島:アートの市場にはプライマリーとセカンダリーの2種類があります。作家がギャラリーを介して新作を販売するのがプライマリー・マーケット、プライマリーで販売された作品を転売する場がセカンダリー・マーケットです。作家とギャラリーが相談して値段を決めるプライマリーの値段をベースに考えると、サザビーズなどのオークションハウスがメインのセカンダリーでは、人気作家の作品は需要と供給の問題で高騰しがちです。

プライマリーとセカンダリーではビジネスの様相がまったく異なっていて、おっしゃるようにオークショニアとインベスターのゲーム的な側面も確かにあります。でも、アートがお金を生み出すのを悪いことだとは思いません。たとえばアンディー・ウォーホルはこんなフレーズを残しています。

『Being good in business is the most fascinating kind of art.
Making money is art and working is art and good business is the best art.』
(好調なビジネスは、何よりも魅力的な芸術だ。お金を稼ぐことはアートだ。働くこともアートだ。ビジネスで成功することが最高のアートだ。)

アーティストがお金を稼ぐ、そして成功することはもはや当然のことで、かつてのモディリアーニ的なレジェンドは現在ではなくなっていると思います。アーティストたちにきちんとお金が入るようなシステムを作らないと、アーティストだけでなくアートという存在自体もサバイブできない。そのためにいちばんいい環境をつくることも、私たちギャラリーの仕事だと思っています。

90年代クラブカルチャーはなぜアートになり得たか?

――では、メガギャラリーのなかでペロタンは異色の存在なのでしょうか?

中島:そうかもしれませんね。オーナーであるエマニュエル・ペロタンは、高校をドロップアウトして17歳でギャラリーに弟子入りしたというユニークな経歴の持ち主。常にアーティストとコミュニケーションを取って一緒にバウンダリー(境界)を超えていくという姿勢があったからこそ、21歳で自分のギャラリーを持った後、村上 隆やマウリツィオ・カテラン、ソフィ・カルのような数々のアーティストたちと出会え、ユニークなコラボレーションができているのだと思います。

アーティスト育成から作品制作のお手伝い、プロモーション、アーカイブ、これらがギャラリストとしてベーシックな仕事なのですが、常にいまどんな作品を世の中が求めているのかを一緒に考えたり、動画やインスタグラムなどのツールを活用したデジタルコミュニケーションを企画したり、日々スピード感を持って動いていると、やっぱりセカンダリー・マーケットまで手が回らないんですよね。

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創業者のエマニュエル・ペロタン氏
Courtesy of Pierre Soulages and Perrotin
Photography: Nacasa & Partners

――バウンダリー(境界)を越えるとは、具体的にどのようなことでしょうか?

中島:ファッションや音楽も好きなエマニュエルは、90年代から積極的にアートとファッションやクラブミュージックなどの橋渡しをして、新しいコンテンポラリー・アートのムーブメントをつくってきました。いまではトップアーティストとなったJRや村上 隆も最初のころは「これはアートではないよね?」という目で見られることもありました。そうしたサブカルチャーを多分に引用したアートを美術界に引き込んだという意味で、ペロタンは革命的なことをやってきているという自負があります。

私たちはいまでもアートの領域を越えたさまざまなプロジェクトをしています。たとえば、いまアメリカの若者たちを熱狂させているビリー・アイリッシュという弱冠17歳のシンガーがいますが、村上 隆さんと雑誌のカバー製作のプロデュースをさせていただきました。まだ彼女が爆発的に売れる前のことですが、すごくいいコラボレーションでしたね。村上さんとは、以前にも展示プロモーションのためにスイスにコスプレイヤーと京都の舞子さんを連れて行ったりと、かなりぶっ飛んだことをしています。とにかく新しい価値や文化的にインパクトのある面白いことをしたいという思いは常にあります。

――実はメガギャラリーはもっと近寄りがたいスノッブな存在だと思っていました。

中島:そういうギャラリーも多いかもしれませんね。でも、面白いことを追求するのは、ペロタン独自のスタイルですから。というのも、もともとエマニュエルはギャラリー経営を始めたと同時期に、友人たちとパリ16区にある元・娼婦宿を改装してル・バロンというクラブもやっていたんです。そこで自分の新しいアイデアを試して、とにかく当時面白いと思うことをいろいろチャレンジしたら、ソフィア・コッポラやマーク・ジェイコブスが出入りするようになり、カール・ラガーフェルドが遊びに来るようになり、そのうちに「ここでは何が起こっているんだ?」といろんな人が集まるサロン的なスペースになった。文化の化学反応のようなことが起きて、そこからさらに新しいコラボレーションやカルチャーが生まれたんですよね。当時の私もアートがアップデートされていく感覚を肌で感じていました。そういった化学反応が、いまアートが盛り上がっているアジアでも起こる可能性はあります。

ペロタン東京がある六本木からもそんなムーブメントを起こしたくて、ギャラリーを拡大してイベントができるプロジェクトスペースをオープンさせました。第1弾はSON OF THE CHEESE(サノバチーズ)の山本海人さんにプロデュースしてもらった”新感覚の角打ち”をテーマにしたコンセプトストアで、京都のカンナチュールがオリジナルレシピで作った缶詰とドリンクを提供したところ大好評でした。この先もいままでに体験したことのない新しい企画で、アートをよりオープンに楽しめる場をつくっていきたいですね。

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SON OF THE CHEESE 山本海人さんプロデュースのコンセプトストアの様子 Photography:Yuji Kaneko

中島悦子(なかじま・えつこ)
ギャラリー・ペロタン アジアパシフィック代表。日本人の両親のもとパリで生まれ、ソルボンヌ大学で美術史学を学ぶ。カルティエ現代美術財団を経て、2002年パリのギャラリー・ペロタンに勤務。その後、香港、ソウル、東京、上海にギャラリーを設立。所属の村上 隆、Mr.、Madsaki、タカノ綾、大谷工作室などのアーティストを手がける。当ギャラリーでの個展以外にもこれまでに森美術館やベルサイユ宮殿、カタール美術館、モスクワ・ガレージ美術館、香港・大館など世界各地の美術館で様々な展覧会に携わる。

【Topic】
現在、ペロタン東京では
村上 隆「スーパーフラットドラえもん」展を開催中!

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ペロタン東京 村上隆個展 展示風景
©︎ 2019 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. ©︎Fujiko-Pro.
Photographer: Kei Okano
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    ペロタン東京 村上隆個展 展示風景
    ©︎ 2019 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. ©︎Fujiko-Pro.
    Photographer: Kei Okano
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    ペロタン東京 村上隆個展 展示風景
    ©︎ 2019 Takashi Murakami/Kaikai Kiki Co., Ltd. All Rights Reserved. ©︎Fujiko-Pro.
    Photographer: Kei Okano

会期/2019年11月19日~2020年1月25日 

ペロタン東京 
住所:東京都港区六本木6-6-9ピラミデビル1階 TEL:03-6721-0687
[営業時間]11時〜19時(火〜土)
https://www.perrotin.com

Text:Atsushi Kadono

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