紳士の雑学
魅力的な自治体イベントは「異業種」がカギ!?
[センスの因数分解]
2019.11.20
「まちづくり」という言葉を初めて聞いたのは10年以上前。この造語も一般名詞のごとく普及し、いまでは古いような印象を持つのは私だけでしょうか。
各自治体が独自性を保ちながら、それぞれが抱く問題を解決しようとする。その動きに都市部の団体や企業がタッグを組むという仕組みは、00年代になり非常に活発になりました。“ないものはない”というキャッチフレーズで有名な島根県壱岐の島にある海士町(あまちょう)のように、全国から視察に来るようなスターが生まれています。そしてこの「まちづくり」のプロともいえる人や企業にスポットが当たるようにもなりました。
過日、長野県伊那市で行われたイベント『森JOY』に行ってきました。これは森と人との美しい共生を探し提案する「伊那市ミドリナ委員会」という官民一体となった委員会が主催する森のフェスです。今回この委員会の顧問を務めている関係もあり、紅葉シーズンの伊那を訪ねたのです。
イベントはその名の通り伊那市内にある森で行われ、薪割りやリースづくりといったワークショップから、鹿料理や炭火で焼いた作りたてバームクーヘンなどが食べられる飲食ブースなどが設けられていました。
またジビエや焚き火などのトークショー、屋外ステージでのコンサートも開催。イベントのコンセプトである「森と歓喜する」がバラエティ豊かに表現され、森に対する知識が少ない都市生活者にもコンセプトが十分に体感できるイベントでした。またそれと同時に、「まち」の「独自性」アピールにおいて、ひとつの成功事例を見たような気がしました。
音楽や食など、今やイベントは自治体とタッグを組むことが多く散見され、それぞれの独自性、ユニークさを発信しようとしています。しかしながらその手法は、色違いの洋服、プリフィックスのコース料理のような、内容はゴージャスだったりトレンド性はあるけれど、クリエイティビティーという点において斬新さをあまり感じないことが多い……。方程式は借り物でそこに置き換える数字が違う、といった印象とでもいいましょうか。
しかし見学に行った『森JOY』は、たこ焼きや焼きそばはもちろん、このようなイベントでよく見られるキッチンカーでの流行り物グルメもありません。猟師が山で仕留めた鹿とそばを使ったオリジナル料理、地元のりんごで作ったシードルなど、「森」を合言葉にした飲食ブースが並びます。
さらに、都市部などで地方自治体のサポートのプロ企業ではなく、あくまでも伊那市に協力を得ながらミドリナ委員会が企画と運営を行っていました。しかも主体となっているメンバーは、ギャラリーショップのオーナーだったり、建築家だったり、アートディレクターだったりと畑違いな人たち。イベント業者でも、まちづくりのプロでもありません。自分の文脈を頼りに、アイディアを持ち寄りコンセプトに相応しいイベントへと構築していったのです。この自家製感がイベントのオリジナリティーに直結しているのは、間違いありません。
もうひとつ、伊那市ミドリナ委員会について特筆すべき点があります。それは個性がバラバラすぎること。委員長である柘植伊佐夫さんは、大河ドラマをはじめ数々の映画やドラマ、舞台で役者の扮装をディレクションする人物デザインというジャンルを生み出した人で、伊那市の観光大使も務めています。
委員長からして畑違いですが、彼が一本釣りしていったメンバーは前述以外にも、山小屋管理人に作家や公認会計士、ピアニスト、料理人など非常にバラエティ豊かで女性が多いことと移住者が多いのも特徴。しかも彼らはあまり人の言うことを聞いていません。人の言うことは聞かず、自分のことを話しているタイプが多いのですが、なぜか座に不穏な空気はありません。よく彼らは言います。みんな違ってみんないい、と。
私はここに(少し大げさかもしれませんが)、閉塞感漂う日本の突破口のヒントが隠されているように思います。自分たちのオリジナリティーを見極め、過小評価せず、拙いながらも自家製で発信する。違う、に目くじら立てない。異論を真っ向から否定しない。しかし自分の意見もきちんと主張しながら共存を図る。中央やプロの意見を過信しない。かといって排除もしない。ミドリナの個性を挙げていくと、こんな個性の集団で形成された社会があったならば、かなり生きやすそうな気がするのです。
誰も自分の意見を否定されることを好ましいとは思わないでしょう。しかしそれはあくまでも意見であって、人格そのものではありません。現代社会において、多くの人(や団体)は、これを履き違えているように思います。だから成功事例にすがりたくなったり、同じことを繰り返すことで波風をたてないでいようとしていることが多いのではないでしょうか。
伊那市ミドリナ委員会という、まるで「ロード・オブ・ザ・リング」の面々のように個性がバラバラの集団が発信する、ユニークなイベントに参加してみて実感しました。違いを個性とみなし、自分たちが持っている財産を自分たちの文脈で、しかし他も受け入れながら自由に発信していくことが、規模は小さいながらもキラリと輝くなにかとなるのだと。
「まちづくり」という言葉が古びて感じるのは、イメージが均一化しすぎており、その言葉に血が通っていないからのように思います。メジャーに乗っかるのではなく、自己の持つユニークネスに忠実に。バラバラ集団が手間ひまかけて作り上げた森のフェスには、自治体の、そしてブランディングの成功のひとつの鍵が隠されていたように思います。
そういえば「ロード・オブ・ザ・リング」において指輪を返すという世界を救うミッションは、あの個性バラバラ集団の、しかもいちばん小さき者によって達成されますよね。
プロフィル
田中敏惠(たなか・としえ)
ブータン現国王からアマンリゾーツ創業者のエイドリアン・ゼッカ、メゾン・エルメスのジャン=ルイ・デュマ5代目当主、ベルルッティのオルガ・ベルルッティ現当主まで、世界中のオリジナリティーあふれるトップと会いながら「これからの豊かさ」を模索する編集者で文筆家。著書に『ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか』『未踏 あら輝 世界一予約の取れない鮨屋』(共著)、編著に『恋する建築』(中村拓志)、『南砺』(広川泰士)、企画&編集協力に『アンジュと頭獅王』(吉田 修)がある。
http://ttanakatoshie.com/ ブログ:https://ameblo.jp/ttanakatoshie