週末の過ごし方

現代アートが握る ビジネスと日本の可能性。
〜戦後日本の前衛美術の 再評価から見えてくるもの~

2020.04.14

現代アートが握る ビジネスと日本の可能性。<br>〜戦後日本の前衛美術の 再評価から見えてくるもの~

NYで日本の戦後美術を精力的に紹介する「ファーガス・マカフリー」。彼らに日本のアートはどう映っているのか? アートサイト「SHIKIMEI」ディレクター・石浦 克が創設者のファーガス・マカフリー氏に話を聞いた。

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Kazuo Shiraga 「Sekirai」(1997)
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白髪一雄
1954年に関西で結成され戦後日本の前衛芸術をけん引した伝 説の集団「具体美術協会」の中心メンバー。天井につり下げら れたロープにつかまり身体を支えながら自身の足で描く「フッ ト・ペインティング」による躍動的な抽象絵画を代表作とする。 2020年1月〜3月には東京オペラシティアートギャラリーで 大規模回顧展が開かれた。1924年、尼崎市生まれ、2008年没。

表参道の交差点から青山通りを一本入った雑踏の先。漆黒のファサードをくぐると、障子越しを思わせる情緒ある光に包まれた、さりげなく日本を感じさせる空間が広がる。展示されていたジャスパー・ジョーンズの「usuyuki(薄雪)」シリーズが映えてとても美しい。NYのチェルシーに本拠を構える「Fergus McCaffrey」が2018年にオープンした東京の最新ギャラリーだ。同ギャラリーは日本の戦後美術に精通することで知られている。
 
創設者のマカフリー氏はアイルランド出身。幼い頃、日本庭園や盆栽、楽焼が好きだった母親の影響で日本に興味を抱き、後に京都大学で哲学を学んだ。留学時代に出合ったのが「具体美術協会」をはじめとする日本の前衛美術だった。

「日本のコンテンポラリーアートに初めて触れたのはダブリンのトリニティカレッジでの展覧会でした。まだ10代でしたが、そのときのことははっきりと覚えています。大学卒業後、京都に留学することになってうれしかったのは、具体の活動拠点だった阪神に近かったこと。美術雑誌で具体のことを知り、興味を持っていたものの実物を目にするのは初めてでした。そしてすぐに革新的な作品に魅了されました」

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ファーガス・マカフリー氏

日本の戦後美術が世界で注目される理由とは?

1996年に渡米した彼は、3大メガギャラリーのひとつ、ガゴシアンなどを経て2006年、NYに自身のギャラリーを開く。初の展示は京都時代に出会い、敬愛していた野村 仁の個展だった。これを皮切りに吉田稔郎(としお)、高松次郎、白髪一雄、元永定正といった戦後の日本の前衛作家の展示を行うようになる。それは当時、新たに高まりつつあった美術館・キュレーターの関心と重なる展開であった。2012年にMoMA(ニューヨーク近代美術館)で「Tokyo 1955‒1970」展が、翌年NYのグッゲンハイム美術館で「具体」展が開催されている。

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Hitoshi Nomura 「The Sun on Latitude 35 Degrees N: Toyonaka」(1986-2010) © Hitoshi Nomura
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野村 仁
1945年、兵庫県生まれ。段ボールの構造体が時間と重力で変容する様を記録した作品や自作のソーラーカーでアメリカ大陸を横断するプロジェクトなど60年代後半から時間の経過や物質、自然現象をアートに採り入れたプロセス指向の作品を数多く発表。掲載作は太陽の光跡をフィルムに記録し1年間分つなげることで時間の環を表した彫刻「北緯35度の太陽」。

日本の戦後美術が注目される要因として挙げられるのが、従来マイノリティとされていたアートを再評価する動きの高まりだ。

「アートにおけるモダニズムは美術史家のアルフレッド・バーと彼が初代館長を務めたMoMAが主導して定義されたものです。モダニズムとは何かが明確に示されている半面、多くの要素が抜け落ちてもいます。つまり、ヨーロッパとアメリカ中心の価値観で捉えられていたことで他の地域や女性、白人以外の人種といったマイノリティーの存在が評価されていなかった。そういった見過ごされてきた多くの要素をグローバルな美術史に組み入れ、再評価する動きがここ10年ほどで活発になっています。日本の戦後美術についても盲目的だった状況が一変し、いまでは高い評価を得ています」
 
現代における美術史のミッシングリンクを発掘し、陰に隠れた存在に光を当てメインストリームの俎上に載せる。ファーガス・マカフリーはその最前線にいる。

「読者に知ってもらいたい日本人作家を挙げるなら、アートとテクノロジーを融合した優れた作品を発表している野村 仁、具体のメンバーだった白髪富士子、元永定正。そして中西夏之です。白髪富士子は著名な夫・白髪一雄のクリエイティブを支える存在、かつソロアーティストとしても先進的な彫刻や絵画を残しています。元永定正は1966〜67年にNYに渡り、帰国後に漫画と子どもの絵を組み合わせたようなユーモラスなスタイルを発展させ、後に村上 隆が提唱した〈スーパーフラット〉にもつながるような次世代に続く大きな影響を与えました」

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Natsuyuki Nakanishi 「G/Z Hoho」(1993) © Estate of Natsuyuki Nakanishi
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中西夏之
1963年「第15回読売アンデパンダン展」に、キャンバスにアルミ製の洗濯バサミを大量につけた絵画作品『洗濯バサミは攪拌行動を主張する』を出品。1962年、赤瀬川原平、高松次郎と「ハイレッド・センター」(〜1964年)を結成し、ハプニング・パフォーマンスで話題に。1935年、東京生まれ、2016年没。
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Fujiko Shiraga 「Untitled」(1961)
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白髪富士子
前衛芸術家の白髪一雄の妻として、夫の創作活動を献身的にサポート。1955年に夫・一雄に続いて具体美術協会のメンバーとなり、同年芦屋公園で開催した「真夏の太陽にいどむモダンアート野外実験展」で長板を縦に分割した作品を発表。和紙を素材に折り目や亀裂を入れた作品、ガラス片を加えた作品なども発表している。1928年、大阪府生まれ、2015年没。

日本のアートや文化が経済的チャンスをもたらす。

マカフリー氏は日本人コレクターは自国の戦後美術の重要性を見過ごしがちな現状があると言う。

「1960年代にアメリカ人コレクターよりもむしろ、フランス人やドイツ人のほうがよりポップアートの意義を理解していたことと同じです。海外では人気のある日本人作家が日本ではあまり認知されていない原因のひとつは、日本のギャラリーが自分たちの世代のアートばかり展示していることです。西洋のギャラリーでは、戦後の作家と現代の作家を同時に展示することはいたって普通です。しかし、私たちが今年開催した元永定正展は東京では実に10年ぶりの個展でしたし、先日まで東京オペラシティアートギャラリーで開催されていた白髪一雄の展覧会は首都・東京の美術館では初めての回顧展でした。このような現実があるので、東京でギャラリーを開いて、好きな日本人の作家を応援し、日本で展示する機会をもっと増やしていきたいと考えました」
 
自国の文化の豊かさに気付くことができれば、日本は次のフェーズに行けるのかもしれない。

「東京でギャラリーを開く計画を立てているときのこと。アメリカとヨーロッパの作家にアジアで展覧会を開くことについて話をする機会がありました。彼らに『香港はどう?』と聞いても前向きな返事は返ってきませんが、東京での展示について話しはじめた瞬間に『それで、いつ展覧会は実現できる?』という熱心なレスポンスが返ってくるのです。彼らのその反応は、まさに脱・製造業中心の時代に入りつつある日本にとって、アートと文化を高めることが巨大な経済的チャンスをもたらすことを示唆していると思います。北東アジアには植民地だった過去、中国には文化大革命という悲しい歴史があることとは対照的に、国の独自性を守りつづけた日本は近隣諸国より速く、大きく成長できるチャンスがあります。アブダビやカタールは文化の重要性を理解しており、博物館や文化施設の輸入に大規模な投資を行っています。石油が枯渇しても経済の原動力を保つためです。しかし、日本はそういったことをする必要がありません。既に持っている文化の豊かさをより広い世界と共有することに力を注ぐだけでいいのですから」

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Sadamasa Motonaga 「Sakuhin C」(1966) © Motonaga Archive Research Institution Ltd.
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元永定正
1940年代後半から漫画家、イラストレーターとして出発し、のちに具体美術協会(1954〜1972)の中心人物の一人として独創的、自由で遊び心のある作品を発表。50年代後半からの抽象的で流れるような作風、60年代後半以降のユーモラスなフラット&モデル化されたスタイルの作風のほか、子ども向けの絵本や彫刻も手掛けるなど多彩な顔も。1922年、三重県生まれ、2011年没。

日本にはアイコンとなるアートの展示がもっと要る。

「これからのツーリズムをけん引するのはアートです。SNSには毎日、直島にある草間彌生のかぼちゃや六本木ヒルズのルイーズ・ブルジョワの蜘蛛などのアートが息つく間もなくアップされる様は、アートに内在する経済的なパワーを物語っています。日本にはもっとアートのアイコンが必要です。日本の美術館も具体や実験工房、ハイレッド・センター、もの派のコレクションを展示するべきだし、若い世代の日本人コレクターには自国の視覚芸術への理解をぜひとも深めてもらいたい。もし東京オリンピック予算の10分の1がアートに振り分けられたり、ちょっとした法律の変更があれば、東京はアジアのアート取引のハブとしての立ち位置を一気に獲得すると思います。日本はこのチャンスを積極的に受け入れるべきです!」

ファーガス・マカフリー
アイルランドのダブリン出身。日本に留学 した経験から戦後日本の前衛美術に精通す るようになり2006年ニューヨークに自身の ギャラリーをオープン。東京、カリブ海の サン・バルテルミー島にもブランチを構える。

石浦 克
アート作品やアーティストの言葉を紹介するアートサイト「色名/SHIKIMEI」ディレクター。TGB design./TGB lab代表。現在、武蔵野美術大学と女子美術大学の非常勤講師を務める。www.shikimei.jp

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Fergus McCaffrey Tokyo
東京都港区北青山3-5-9
03-6447-2660
11:00〜19:00(月・日・祝日休館)
http://fergusmccaffrey.com

「アエラスタイルマガジンVOL.46 SPRING 2020」より転載

CCoordination&Interview: Masaru Ishiura(SHIKIMEI)
Photograph: Hiroyuki Matsuzaki
Text: Atsushi Kadono (SHIKIMEI)

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