特別インタビュー
「タケオキクチ」が考える、これからの仕事着。
2020.07.07
日本のスーツ業界を牽引(けんいん)してきたブランドのキーマンへのインタビュー。第2回の対談ゲストは、今年で誕生から36年目を迎え、いまもなおメンズファッション界をリードしつづけている「タケオキクチ」のチーフデザイナー、藤原照佳さん。
山本 「タケオキクチ」はアイテムの幅が広く、クラシックなものからアバンギャルドなものまで展開するまれなブランドですよね。そのなかでもスーツの比重は大きいと思いますが、セットアップなどの新しいスーツも実際に増えていますか?
藤原さん(以下、敬称略) 「シティセッター」という機能的なセットアップのシリーズも展開していますが、働き方改革の影響もあって新型コロナウイルス前から需要は伸びていますね。
山本 そういったセットアップを着る人たちは、いままでクラシックなスーツを着ていた人たちなのか。それとも新しいユーザーなのか、いずれなんでしょうか?
藤原 それはとてもデリケートな質問ですね(笑)。スーツの在り方は変わったといえば変わりましたが、よくよく考えると変わっていない部分もあって。簡単に答えられないのは、そこには私たちが感じていない中間層が大半だったりするからなんです。
山本 AERA STYLE MAGAZINEの読者は、まさにその中間層のビジネスマンです。クラシックなスーツや機能的なセットアップを好む人は焦点を当てやすいですが、実はほとんどの人たちが、どちらを着るのが正解かわからないというのが現実ですよね。
藤原 私たちはトレンドを先行しがちですが、実は中間層の方たちはそれを求めていないんですよね。かっちりにもラフにも着られるジャケットなど、ひとつのアイテムをどんなシーンでも着たいという気持ちのほうが強いと思うんです。
山本 あるファッション系商社の取締役にマーケティングのスペシャリストがいるのですが、彼が必ず言うのは“必要なのはベネフィット”ということ。トレンドだからではなく、役に立つか立たないかが購入の決定打になるんです。
藤原 トレンドは意外と購入の後押しにはならないんですよね。先ほどスーツは変わる部分と変わらない部分があると話しましたが、今回圧倒的に変わったのが買い方と売り方です。新型コロナウイルスによって、一歩も外に出ないで事足りてしまうことがくしくも実証されてしまいました。そこに対してどうアプローチをしていくか。そのひとつがWebでの販売を広げていくことです。
山本 確かにWebの需要は伸びていますが、そうなるとお店のもつ役割も変わってきますよね。せっかく店舗に来てもらえるなら、どういうサービスや接客を提供しないといけないのか。
藤原 インターネット上でのやりとりはライブ感がなく、伝わりにくいのが難点。近いうちにお客さまと会話ができる場を設けようとは思っていますが、店舗での接客はそれがすべてクリアにできる。
山本 そう考えると、スーツを買う行為に対して百貨店が果たしてきた役割は大きいですよね。
藤原 このあいだニュースで見たのですが、営業が再開して開店前に並んでいるお客さまへのインタビューで、「百貨店は新型コロナウイルスの対策もしっかりされているから安心」と答えている方がいて。タケオキクチがお客様に信頼感や安心感を与えているのは、百貨店とともに築き上げてきた部分も大きく、それがブランドとしてのひとつの強みになっていると思うんです。
山本 世代によるかもしれませんが、「百貨店=いいものを売っている場所」と思っているお客さまは確かに多いですね。
藤原 また、「タケオキクチ」は会社自体の品質管理の基準がものすごく高いんです。それも信頼につながっていると思いますし、確かなモノづくりをアピールする場も百貨店が担ってきました。
山本 モノづくりの視点で言うとわれわれは生産背景ばかりを追い求めますが、それを伝える媒体として百貨店も役割があったんですね。新しくならないといけないところはありますが、スーツに限っては品質が低くてもいいという流れにはならない。作りはどうでもいいというアイテムではないですから。
藤原 そもそもスーツは品格を示すアイテム。これからスーツに対する考えは変わるかもしれませんが、相手に失礼のない格好をしたいとか、誠実と思われたいなどの根本は変わらないと思うんです。
山本 スーツがどう変わるのかということばかり考えていましたが、スーツを選ぶ際に重視するのは“知的に見えるか、清潔感があるか”など、実はいつの時代も変わらないんですよね。
藤原 そこが中間層の方たちが描いている、スーツに対して望む部分なんでしょうね。
山本 話は変わりますが、新型コロナウイルスをきっかけに、日本のモノづくりを応援したいという気持ちが消費者のなかでも強まってきていると感じます。「タケオキクチ」でも、その流れはありますか?
藤原 タケオキクチは日本のブランドなので、自社工場を含めてメイド・イン・ジャパンをもっと大事にしていこうという話はしています。実際に2020年の秋冬は、日本製の素晴らしさをもう一度見つめ直すアクションプランを考えているんですよ。
山本 それは素晴らしい取り組みですね。「タケオキクチ」は今年で誕生36年を迎えますが、いつの時代も日本のビジネスマンに寄り添ってきたブランドだと思うんです。
藤原 そう言っていただけて光栄です。長くブランドをやっていると、お父さんから受け継いで成人式やフレッシャーズでスーツを買っていただいたり、若い世代にバトンタッチしているケースもあるんです。
山本 そう考えると特殊なブランドですね。世代も幅広いし、スーツからカジュアルまでアイテムのレンジも広い。世の中は大きく変わったけど、新型コロナウイルスでリモートワークなどのシーンがひとつ増えたことは、「タケオキクチ」にとってはなんてことないですね。
藤原 いやいや、真摯(しんし)に向き合っています(笑)。洋服自体の需要が落ちていると騒がれていますが、いま一度原点に立ち返って丁寧にモノづくりをしていかないと時代に流されてしまう。一方で変化があったからこそファッションが栄えてきたことも事実なので、新型コロナウイルスは面白いものが生まれるいい機会なのかもしれない。そう前向きに捉えています。
山本 状況が状況なので、厳しいインタビューになると思っていましたが、ここまでポジティブな意見が聞けるとは。まだまだ混乱は続いていますが、長い目で見たらスーツやファッションの未来は明るいのかもしれませんね。
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Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)
Text:Kyoko Chikama