特別インタビュー
セイコーホールディングスの服部真二会長が語る
「時代の一歩先を行く」プロジェクトとは。
2020.08.19
2020年は、セイコーにとって大切な年である。1860年生まれの創業者・服部金太郎の生誕160周年、そして、グランドセイコーというブランドが生まれて60周年。それを記念した「セイコー・銀座2020プロジェクト」として、和光本館(写真左)のリニューアルと、セイコーミュージアム(写真右)のリニューアルおよび銀座移転が発表された。
発表の当日、セイコーホールディングスの代表取締役会長兼グループCEO&グループCCOの服部真二氏にインタビューした。創業者の服部金太郎は、服部真二氏の曾祖父にあたる。金太郎が残した「常に時代の一歩先を行く」という言葉は、いま特別な意味を持つ。
「金太郎がそのように言った明治時代は、西洋文化も入ってきて人々の生活様式や価値観が大きく変わっていたとき。新型コロナウイルス禍で変化が起こり、市場のニーズが変化しているいま、その言葉が重みを増してきているように感じます。金太郎は、“急ぐな、休むな”とも言っている。こつこつやっていくのは大切、継続は力なりです」
現在の和光は、1932年(昭和7年)に服部時計店本店ビルとして建設されたものだ。横浜のホテルニューグランド本館、上野の東京国立博物館本館、品川の原美術館といった幾多の名建築で名高い建築家・渡辺 仁氏が設計を手掛けた。均整の取れた美しいフォルムに時計塔を持つ和光の建物は、戦火を逃れ、88年経った現在もなお銀座の象徴でありつづけている。
「いまも時計塔は鐘を鳴らし、正確な時を知らせています。そしてショーウインドウは、時代の変化と共にメッセージを発する銀座の文化と言ってもいいでしょう。今回のリニューアルでショーウインドーはスケルトンになり、店内が見渡せるようになりました。」
リニューアルされた和光の2階には、「グランドセイコーブティックフラッグシップ和光」が新たにオープン。美濃焼からインスパイアされたGSブルーのタイルで囲まれた空間(写真左)には、1960年に発売された初代グランドセイコーや、開発時の仕様決定書類や当時の広告などが書斎のように並べられている(写真中)。
過去のモデルがアーカイブのように陳列されるバーカウンター(写真右)では、18金もしくはプラチナモデルでオリジナルの腕時計をオーダーできる「グランドセイコー ビスポークウオッチ」のサービスが行われる。海外の有名ブランドが特別なVIP顧客のためにオーダー腕時計をつくっている話を聞くことがあるが、店頭を訪れる誰にでもこういった特別なサービスが行われているのはほかに例を見ないだろう。こうした銀座発の「おもてなし」は、世界から訪れる多くのセイコーのファンを驚かせるに違いない。
「グランドセイコーは、アイデンティティーが明確になってきました。ブランドのストーリーを、リニューアルした和光で体感していただきたい。ラウンジがあり、書斎があり、バーがあり。文字どおりグランドセイコーのオーナーの趣味を体現した家のようなものです」
服部真二さん自身がオリジナルをオーダーするとしたら、どのような腕時計をつくるのだろうか。その質問を向けると、インタビュー時に身に着けていたグランドセイコー初代復刻モデルの腕時計を取り外して見せてくれた。
「セイコーには、国が選定する現代の名工にも選ばれた照井 清という彫金師がいます。彫金の技術は、世界の名だたるブランドにも負けない。腕時計の裏ぶたの中央に刻んだ服部真二の文字は、その照井が彫ってくれたものです。私自身が音楽が好きなので、エルビス・プレスリーのイラストとデザインを発注して、マーキングも施してもらいました」
そう話すと、また別の、真新しい腕時計に付け替えた(写真右)。じつはこれ、リニューアル発表会の前日に和光で購入したものだと教えてくれた。
「新しくなった2階のフロアを見ているうちに、欲しくなって購入してしまいました。ネイビーブルーはグランドセイコーのイメージカラーですが、私が着用していたスーツの色、そして履いていた靴の色と、この腕時計の文字盤のブルーがぴったりと同じだったんですよ」
リニューアルした和光の2階にオープンした、「グランドセイコーブティックフラッグシップ和光」。購入した一人目のお客様が服部真二氏だったことは、服部氏自身にとっても、セイコーや和光の関係者にとっても、ちょっとしたハプニングであったようだ。
これまで墨田区にあったセイコーミュージアムがブランド創業の地である銀座に移転し、「セイコーミュージアム 銀座」としてオープン。そして、このたびセイコーホールディングスグループのグループアンバサダーに就任した市川海老蔵さんが、開館のテープカットに参加して、最初のお客さまとして訪問を果たした。
ミュージアムの入り口でまず目を引くのは、入り口にある高さ約5.8メートルの大型の振り子時計「ロンド・ラ・トゥール」(写真中)。毎正時には、歯車や人形が動く仕掛けになっている。館内は、創業者・服部金太郎の足跡をたどるフロアやセイコー製品のアーカイブはもとより、日時計から始まる世界の時計の歴史や、江戸時代の和時計の展示も見られる。スポーツ計時の紹介として、ウサイン・ボルトが世界選手権でワールドレコードを記録したときのスターティングブロックも展示。入場は無料だが、1日3回の入れ替え入場で、WEBからの事前予約が必要だ。
「日本のみならず、世界中の人たちにセイコーのストーリーを伝え、多くのお客さまの心を震わせていきたいと思います」
このように語る服部氏は、2020からさらに2021を見据えている。再び、海外からの多くの訪問客を迎える日が来ることだろう。銀座に完成した2つの新たな拠点は、「和光のおもてなし」と「セイコーの技術」をエモーショナルに発信していくに違いない。
山本晃弘(やまもとてるひろ)
AERA STYLE MAGAZINE WEB編集長 兼 エグゼクティブエディター
『MEN’S CLUB』『GQ JAPAN』などを経て、2008年に編集長として『アエラスタイルマガジン』を創刊。ファッションやライフスタイルに関する執筆の傍ら、幅広いブランドのカタログや動画コンテンツを制作している。トークイベントで、ビジネスマンや就活生に着こなしを指南するアドバイザーとしても活動中。2019年4月にヤマモトカンパニーを設立し、ファッションビジネスのコンサルティングも行っている。著書に『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』がある。
Photograph:Syo Ueda