お酒
岸谷五朗が綴(つづ)る、大人の京都物語。
―ザ・ホテル青龍 京都清水で、「人生の色」を知る―
2021.01.08
俳優・岸谷五朗が綴る小説に、そこからインスパイアされたビジュアルストーリーを添える本企画。今回の舞台は、古きを訪ね、新しきを開く京都清水のホテル――。かつて小学校の校舎だった建物の記憶が、時を超えて、「物語」の世界へと誘う。
懐かしき色。
作・岸谷五朗
懐かしさには色がある。もちろんクレヨンや色鉛筆の24種類では表現できない色だ。でも、確かにある。瑠海(るみ)の心を懐かしき色に染め上げる思い出の地は京都府宮津。東京で生まれたが祖父母のおかげでいわゆる田舎があった。その魅力は、浜辺を走り泳ぎ真っ黒になって息つく暇もない「動」の世界と、対照的に限りなく「静」を感じる「燈籠流し」にある。海に流されていくその燈籠の情緒と風情、一つ一つに灯(とも)した炎はやがて小さな掛け替えのない光の魂となり闇の中へと姿を溶かす。その神秘性は幼き心を鷲(わし)づかみにした。この地で不思議な静寂の神秘に包まれた心は穏やかになっていくのだと瑠海は子どもの頃から感じていた。
華やかな露店の出現に街は笑顔であふれる。小さな屋台たちは街を飾る芸術にひと役買う。優しさにあふれた祖父母は毎年浴衣を新調してくれて「今年の浴衣」を着る瑠海も着せる祖父母もそれは楽しみのひとつであった。子どもの頃の自分が蘇(よみがえ)るたびにあの「懐かしき色」が瑠海を優しく包み込む。新しい浴衣の着せ替え行事は中学一年で止まった。祖父母が他界した京都に、私の愛する田舎はもうない。
「行ってないな……、京都」
充実した大学生活を共にエンジョイし7年間付き合った彼と社会人になって3年目で結婚した。学生時代からの仲間や仕事の友人たちからは、相手をよく知ることのできる長いお付き合いを経てのゴールインは「理想の結婚」だと称賛され、それを否定する要素も当然見当たらずウエディングドレスに腕を通した。華やかな結婚式の熱も冷めやらぬなか、新婚生活7カ月で離婚した。彼から「好きな人ができた、離婚してほしい」とドッキリみたいな事を言われた。
「唖然(あぜん)」を食らった。もめなかったとは言わないが離婚後、彼女が20歳になったその日に元夫は再婚した。「呆然(ぼうぜん)」を食らった。「怒り」や「憎悪」は置いてきぼりにされ非現実の実態だけが取り残された。そして、アッという間に彼は父親になった。もちろん母親は私でなく20歳の新妻。私も新妻だったのに……もう、追い越された。
盛大に祝福してくれた友人ほど慰めの声は掛けてこなかった。酷い惨劇に掛けられなかったのだろう。それでも私は「結婚して早々に彼がロクデナシであることに気付けて本当に良かった。逆に感謝よ! 長い結婚生活を経て気付かされるよりよっぽどマシ!」そんなふうに心を整え、人生最大の大惨事もシャーシャーと乗り越えてしまえた。友人たちは「凄(すご)い!」とあんぐり口を開け以前のように集まってきた。それからの瑠海は我武者羅(がむしゃら)に仕事で結果を出し、周りからの信用も得て「鋭い」人間になった。今では友人たちが安心して「あの離婚が良かったんだよね〜」と言えるくらい、瑠海はできる女になっていた。……彼女自身は違っていたのに。もう二度と失敗しないために、衝撃を食らわないために、受け入れなくなった。今だったら耐えられないかもしれないから……そう思う瑠海は、生きる事が少しだけ怖くなっていた。私にはきっと何かが欠落してる……自然にそう思い生きてきたから「できる女」にはなれたが、代わりに何か……息苦しくなっていた。気付けば40歳を迎える。
「京都に戻ろう……」
あの純心「静」と「動」が共存する私の京都に!
あれから、ある意味仕事人間になってしまった自分にはチョットした贅沢(ぜいたく)もできるようになり宿を決めた。ザ・ホテル青龍 京都清水──。
驚いた……足を一歩踏み入れた瞬間に……歴史に包まれた。この心地良さ……東京での疲れが癒やしの中で浄化された。
レストランのガラスにお洒落(しゃれ)を着た私が映り、小学生を着た私になり仕事を着せられた私になり……時を超え歴史の中に存在している自分が京都に居た。
ルーフトップバーに出て息をのんだ。今まで知らなかった京都が押し寄せた! 日本の歴史が私を包囲し魅了した。分からない涙が夕日と共に円形のカウンターを濡らした。特製のマティーニが今までの自分を浄化し新たな私にゆっくりと変化させてくれる。この大きな歴史の渦にまみれ初めて知った自分の小ささ……。こんなに小さな自分が臆病になり! 生きることに遠慮し! 何かを怖がっていてどうする! 気にすることは無い、また喜んで失敗してやろう! 私の人生よ! 巨木の歴史は微動だにせず私を吸い上げてくれる。恐れず進もう、思うように生きよう! 怖いものは何も無い! あの燈籠のように魂が静かに消え溶けていくまで必死に生きよう!
瑠海は抱えていた何かをルーフトップバーから解放した。日本の美の象徴である京の夜景は瑠海を優しく包んでくれた。
私の中の「懐かしい京都の色」は、新しい色が加わってより表現しづらい複雑な「人生の色」となった。
プロフィル
岸谷五朗(きしたに・ごろう)
1964年生まれ。19歳から劇団スーパー・エキセントリック・シアターに在籍し、1993年「月はどっちに出ている」で映画初主演にして多くの映画賞を受賞し高い評価を集め、以降テレビ・映画での活躍度を高める。94年に寺脇康文と演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成。出演以外に演出・脚本も手がけ、毎公演ともソールドアウト、2018年の作品「ZEROTOPIA」で動員数100万人を超えた。2020年12月1日には、Act Against Anything VOL.1『THE VARIETY 27』を開催し、大好評のうちに幕を閉じた。3月にはミュージカル「The PROM」を上演予定。詳細はこちら>>>https://www.chikyu-gorgeous.jp/the-prom/
【物語の舞台となったホテル】
ザ・ホテル青龍 京都清水
京都府京都市東山区清水2丁目204-2
075-532-1111
https://www.seiryukiyomizu.com/
掲載した商品はすべて税抜き価格になります。
Photograph:Yuji Kawata(Riverta Inc.)
Styling:Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up:Yurie Taniguchi
Edit:Haruhiko Ito(Office Cars)
Film Editor:Takahiro Sakata