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良い考えの会社は選ばれる。
クチネリの『人間主義的経営』から日本人が学べること。

2021.05.27

良い考えの会社は選ばれる。<br>クチネリの『人間主義的経営』から日本人が学べること。
『人間主義的経営』(著:ブルネロ・クチネリ、訳:岩崎春夫、クロスメディア・パブリッシング刊、1848円)

人を大切にすること。心に刺激をもたらす適度な労働。利益をわかちあうこと。自然への感謝と祈り。良い考えだけど「それでは利益が生まれない」と思うかもしれない。そのすべてを実践し業績をあげたイタリア・ソロメオ村の企業がある。クチネリだ。ついにAmazonやTwitterなどの経営者がソロメオに集まり学ぶまでになった。

その理由がここにある。本書は創業者であるブルネロ・クチネリ氏の回想録だ。ノウハウを求めてしまうと読み砕きにくいが、ぜひ、言葉の意味を追うことをしばし止めて、音楽を楽しむように本書の言葉を「聴いて」みて欲しい。静かで深い抑揚とリズム。クチネリのカシミヤセーターと同じ、ゆとりある時空間が流れているのが感じられるはずだ。

ブルネロの原点は、田舎で暮らしていた幼い頃の幸せな感覚だ。13人家族で暮らした家、部屋に差し込む光、乾草の匂い。その時は永遠には続かない。ブルネロ青年は、田舎を離れて工場で働くようになった父の不遇や善良ながら心の痛みを抱えた人々との出会い、古の思索者の書からの学びを通して、やがて「働く人の尊厳」が守られる経営にたどりついた。

聖ベネディクトやフランチェスコによる瞑想と労働の共同生活と、農家であった実家の思い出に新たな意味を見出すために生まれたのが、最良の職人技術によるカシミアや、妻の故郷であるソロメオ村に本社を置き文化と美が出会う場所として再生していくクチネリの活動だ。

芸術の国イタリアだからこのようなもの作りが可能なのだ。と考えるかもしれないが、イタリアに限らず欧州は「成長し終わった国」である。あるイタリアの友人は美術館レベルの名画に囲まれた名家出身である。しかし「欧州文化はすべて廃墟。新しいモノが生まれてくる活気はない」と自嘲気味にため息をついていた。イタリア最盛期はローマ時代とルネサンスで終わっているのだ。

イタリアの状況は、日本ととてもよく似ている。豊かな歴史文化がある。第二次世界大戦の敗戦から立ち上がってきた。スティーブ・ジョブスは禅を実践し京都の西芳寺に足繁く訪れていた。これだけの資産を持ちながら、日本人は身体に刻まれたよろこびや哲学から熱心に仕事にすることを二の次にしてきてしまった。

嘆くことはない。クチネリが示すように、記憶から最良を取り出し未来に継ぐことを考えればいいのだ。心地よく感じた個人的な記憶を思い出そう。自然に触れよう。日本文化から学ぼう。力をもらうだけじゃなくて継ぐために何ができるか考えよう。シンプルなことだ。良い考えの会社は、ちゃんと選ばれる時代になったのだ。

Photograph: Ryohei Oizumi
Text: Sayaka Umezawa (KAFUN INC. /MOIKA GALLERY)

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