特別インタビュー
エルメスと古本から学んだ暮らしの哲学。
2021.12.20
ファッションエディターの審美眼にかなった、いま旬アイテムや知られざる名品をお届け。

久しぶりに地下鉄に乗ったら、本を読んでいるのは僕ひとりだった。僕が学生だった頃は、「近頃の若者たちは電車の中でマンガばかり読んでけしからん」なんて嘆かれたものだが、もはやマンガ雑誌を回し読みする学生も、満員電車の中で器用に夕刊紙をたたんでいるオジサンも皆無。すべてがスマホの中に収まっているご時世、まあ当然の風景なのだが。
合理的で、世知辛くもある世の中の変わりように合わせて、みんなが持っているバッグも、大きくその形を変えているようだ。以前よく見かけた大きなトートバッグの代わりに、スマホケースとお財布を兼ねたような、サコッシュというバッグをよく見かけるようになった。確かに手ぶらで歩けるし、便利だよね、あれ。でも、サコッシュには必要なものしか入れられない。仕事や散歩の途中、偶然すてきな古本や雑貨に出合ってしまったら困るじゃないか。だから僕はどんなに時代が変わろうと、サイズにもつくりにも無駄というか、ゆとりのあるバッグを持ち歩いてしまう。忙しくてもどこかで道草したり買い物するくらいの、心の余裕は持ちつづけていたいから。
そんな気分と見事にリンクする『アーバン』という名前のバッグを、エルメスで発見した。小さいけれどちょっとしたゆとりを感じる、いいあんばいのサイズ。フラップの「H」マークをグリップにして抱えても、ストラップに手首を通してぶらっと提げてもいい、自由なデザイン。そしてこの季節の街に映えるカーキ色のレザーと、職人の丹念な仕事がうかがえる柔らかな質感……。仕事とも散歩ともつかない街歩きの日には、ぴったりの遊び心だ。
僕が大好きな花森安治の本に、「暮しと結びついた美しさが、ほんとうの美しさだ」という言葉が遺されていたけれど、エルメスからは、そんな暮らしの哲学がうかがえる。日本の街の景色はどんどん変わってしまうけれど、せめてこんなバッグと本を携えていれば、寂しくは感じないかもしれない。
山下英介(やました・えいすけ)
ライター・編集者。1976年生まれ。『LEON』や『MEN'S EX』などの編集や、『MEN’S Precious』のクリエイティブ・ディレクターに従事した後、独立。趣味はカメラと海外旅行。
Photograph: Satoru Tada(Rooster)
Styling: Hidetoshi Nakato (TABLE ROCK.STUDIO)