特別インタビュー
ジーンズのように育てるカシミヤ。
2022.01.11
ファッションエディターの審美眼にかなった、いま旬アイテムや知られざる名品をお届け。
「これって本当にカシミヤなの?」とは、撮影時に偶然スタジオに居合わせた、若いライターさんの言葉。まあ無理もない。このニットはカシミヤ100%ながら、昨今ちまたに出回っているカシミヤとは全く趣を異にする、ゴワゴワでカチカチの肌触りが特徴なのだから。でも、そこそこ歴史の長い洋服好きとしては、このタッチは決して不思議じゃない。というか、むしろ懐かしい。そういえば昔、こんなカシミヤをよく見かけたよな〜、なんて。
実をいうと、僕たちがカシミヤにイメージするふわふわですべすべの肌触りは、編んだ後に洗ったり薬品を使ったり、毛羽立たせたりと、各社それぞれの加工によって表現されるもの。それに対して山形のニットメーカー「米富繊維」がつくったこちらは、洗いどころか染色すら施さず、強撚糸を極限まで高密度に編み上げることで、あえてカシミヤとは思えない質感を追求したものだ。もちろん着込んで水洗いを繰り返すことによって、カシミヤならではのソフトでつややかな風合いが生まれてくるのだが、リジッドジーンズをはくような感覚でその経年変化を味わってね、という意味で、『リジッドカシミヤ』と名付けられている。それがなぜ懐かしいのかというと、昔ながらのスコットランド製高級カシミヤニットには、こういう風合いのものが多かったから。ジーンズもそうだけれど、便利さと引き換えに失われていくものも多いのだ。
本当はこのニットをさんざん着倒して、洗い込んだらどうなるか?というリポートをしたかったのだけれど、1度や2度洗ったくらいではほとんど変化がない。メーカーの方に聞いたところ、1年着込んでもその手触りはハードなままだという。ゴワゴワのビンテージジーンズやオイルドコートのように、一生をかけて育てていく、ほかにはないカシミヤニット。いかにもラグジュアリー、といった風合いではないけれど、ここには本質的なぜいたくさが宿っていると思うのだ。
山下英介(やました・えいすけ)
ライター・編集者。1976年生まれ。『LEON』や『MEN'S EX』などの編集や、『MEN’S Precious』のクリエイティブ・ディレクターに従事した後、独立。趣味はカメラと海外旅行。
Photograph: Satoru Tada(Rooster)
Styling: Hidetoshi Nakato (TABLE ROCK.STUDIO)