カジュアルウェア
スパイバー×ゴールドウインの挑戦
クモの糸から始まった新素材が導く未来とは?(後編)
[ソーシャルグッドなファッションのゆくえ。]
2022.06.01
自然界では分解できない石油由来の素材、短いサイクルで買い替えを促す消費構造など、環境への負荷が石油業界に次いで2番目に大きいと言われるアパレル業界は、いま大きな分岐点に直面している。日本人が開発した革新的でサステイナブルな糸、新興と老舗が共に取り組むプロジェクトなど、未来の収穫となる新しい世界の芽吹きを紹介。
プロトタイプで思わぬ弱点が発覚
ゴールドウインの出資のもと、2015年に最初の試作品が生まれる。それがムーンパーカのプロトタイプだった。スパイバーではブリュード・プロテイン™素材を使った初のアパレルでの製品化だったが、そこでアウトドアウエアにとって致命的な課題が明らかとなる。
渡辺 水を吸うと、糸が縮んでしまうんです。縫い糸のところが滑脱してしまう。われわれが思っていたものとは真逆で、耐久性、撥水性、防水性が必須となるアウトドアウエアとしては商品にするわけにはいきませんでした。
関山 当時私たちが作り上げたブリュード・プロテインポリマーは、天然のクモの糸のアミノ酸配列に似せていたため、天然のクモの糸が保有する「超収縮性」と呼ばれる特性を持っていました。一方、そのポリマーを使って製品化できる生産性は確立しており、かなり完成された設計の配列でした。それを改良するとなると、またアミノ酸の配列の設計から始めなければいけない。
山本 それは渡辺さんが製品に求める使用のシチュエーションがハードだったということでしょうか。
渡辺 商品化にあたってお客様に高機能ということは約束しないといけない。アウトドアウエアに限らず、アパレル素材として使うならそこは乗り越えるべきことですから、もう一度考え直してみませんかと関山さんと話し合いました。
関山 何か加工することで対応できないかとも考えてみたのですが、結果的にもう一度ゼロベースでやり直すことにしました。
山本 それで2019年に発表するまでの時間が必要だったというわけですね。でも、そこであきらめようとは思いませんでしたか。
渡辺 いや、それはなかったですね。実現できないとは思っていませんでした。また経済産業省からの支援で補助金をいただいていましたし、取引のある紡績、紡糸、染織の会社と組んでいましたから、やめる選択肢はなかったですね。
山本 関山さんはそれにプレッシャーは感じなかったですか。
関山 ありましたが、やれることは全部やろうと思いました。ただこれはいずれはやらなければならない、使いこなせなきゃいけないものですし、失敗して立ち上がりが数年遅れたとしても、人類の歴史にとっては誤差に過ぎないと思っていました。
山本 お話をうかがっていると、いつか誰かが行うなら自分たちがいちばんスピーディーにできるという俯瞰(ふかん)した冷静さと自信をお持ちであるように感じます。
関山 自信はありましたね。いまのスパイバーには、それができるすごいメンバーが集まっていると思います。たんぱく質の設計に関しては、世界で断トツですね。
山本 ムーンパーカというネーミングの由来をお教えください。
渡辺 プロモーション映像の撮影のときにライトが当たったところを見て、関山さんが「月のようだ」と思われたのがきっかけでした。それからムーンショットという言葉があるでしょう。
山本 はい、アメリカのアポロ計画のとき、ケネディが言った言葉ですよね。実現不可能に思えても、成し遂げるという決意を持って進むための目標だと聞いています。
渡辺 当時は無理と思われていた月に行って帰って来るという偉業を成し遂げました。私も非常に印象深い思い出だったので、それはいいと賛成しました。
山本 ムーンパーカ以外にはどんなものがあるのでしょうか。
渡辺 最初に商品化されたのがTシャツです。植物由来のセルロースを82.5%、ブリュード・プロテイン繊維が17.5%で、この配合は地球上における植物とそれ以外のバイオマスの比率にちなんでいます。もうひとつはウールと混紡した「ザ・セーター」ですね。
山本 まさに動物由来ですね。ファッションではウールは天然でいいものだという認識ですが。渡辺 ウールは繊維全体の生産量からすれば、1%ちょっとです。ですが、羊の呼気に含まれるメタンガスは地球温暖化に影響を与えているといわれています。
山本 なるほど、動物の飼育で環境に負荷がかかるんですね。
渡辺 ほかにも羊が草の根っこまで食べてしまうことによる砂漠化、またつくってもメーカーが安く販売することにより、生産者に還元されないというマイナスの循環があります。そういったことに気付いてほしいというメッセージを商品のつくり方に込めました。