週末の過ごし方
町田 康の新刊は
あの親分のBL物語
【センスの因数分解】
2022.06.16
清水次郎長といえば、幕末から明治にかけて、海道一の親分と名を轟とどろかせた侠客。講談や映画にも取り上げられた伝説の人物です。芥川賞作家の町田 康の最新刊は、この清水次郎長が主人公。しかも新シリーズもので、しかもしかもBL( ボーイズ・ラブ)なのです!
『男の愛 たびだちの詩うた』は、青春期の話。後の次郎長こと山本長五郎が、実の親元から米問屋・山本次郎八の養子となり、跡取りとなるべく学び舎や の門をたたくも、悪童ぶりに匙さじを投げられてしまいます。その後、遠戚宅でスパルタ教育を受け、才覚と分別を備えて戻ります。しかし、博打を覚え、とうとうやくざの世界へ……。
映画化もされたヒット作『パンク侍、斬られて候』や、谷崎潤一郎賞を受賞した『告白』に日本文学全集『宇治拾遺物語』での現代訳、さらにはあの源義経の物語の町田版『ギケイキ』シリーズなど、かねてより作者は時代物をひとつの柱としています。どれも町田節といえるような現代の言葉遣いを多用し、独特の世界観を構築していますが、この『男の愛』でも、それは健在です。また次郎長の思い人が少年であるということで、新境地を切り開いた作品となっています。描かれている片思いに身をやつす切ない姿は、男女今昔の隔てなどなく、誰もがその作品世界に入っていけるはずです。
興味深いのは、ジェンダーの観点のみではありません。傷ついた心の対処法が見つからず暴挙へ走る(キレる)様や、居場所がないことで深まる孤独などは、「生きにくさ」に覆われた現代社会で大いに共感を持たれるのではないでしょうか。
やや“中二病”的な部分があった次郎長が、さまざまな経験を積みひとり歩みはじめるまでが、町田節で綴(つづ)られたシリーズ1作目。大政小政に森の石松といった子分たちを従え、義侠心忘れず社会にも貢献した姿を人気作家はこの先どう描くのか。仁義という言葉が、もはや死語になりそうな世の中だからこそ、必フォローの書のように感じます。