特別インタビュー
気を吐く新興ブランド「ノルケイン」の若きCEOが語る。
伝統のスイス腕時計を、新しい世代に届けるために
2022.08.08
コロナ禍の勃発以降、世界は大きな変化を余儀なくされた。時計業界も例外ではない。一時は製造や流通の停止などの憂き目に遭いながら、図らずもハイエンドウォッチに対するニーズが高まり、二次流通市場もかつてない盛り上がりを見せている。その一方、特定のブランドに人気が集中し、勝ち組と負け組との二極化も進む。特に、アンダー50万円の中価格帯で、苦戦が伝えられるブランドは少なくない。そんな状況下で気を吐いているのが、2018年に創業した新興ブランド、ノルケインである。その魅力とは? どうやって多くの時計愛好家の支持を取り付けたのか? 日本限定の新作タイムピースを携えて来日した、34歳の若きCEOベン・カッファー氏にインタビューしながら、その秘密を解き明かす。
New(新しい世界に目を向け)、Open-minded(柔軟な思考と)、Rebellious(立ち向かう気概を備え)、Quality time(瞬間、瞬間に情熱を注ぎ)、Adventure(未知へ挑み続ける)、Independent(自分らしい生き方を探し求め)、Niche(誰にも似ていないことに誇りを持つ)。
自分たちの姿勢を示す7つの言葉の頭文字をとって、ブランド名としたNORQAIN(ノルケイン)。創業は2018年、翌年ファーストコレクションを発表し、ほどなく日本上陸も果たした。
立ち上げには、3人の主要人物が関わっている。まず、CEO兼創業者のベン・カッファー氏。1988年生まれで、現在34歳。父であるマーク・カッファー氏は、スイス時計産業の拠点としてしられるビエンヌに本社を置き、さまざまなブランドのOEMなどを手がける時計製造会社ロベンタ へネックスのオーナーで、25年以上にわたりスイス時計協会の理事を務める人物。つまりベン・カッファー氏は、幼少期から時計製造に親しんで育ったわけだ。2006年にはブライトリングに入社、ブランドマネージャーやアジア地域のセールスマネージャーなどを経て独立、2018年にノルケインを起業するに至る。
もうひとりの主要人物、テッド・シュナイダー氏は、ブライトリング社長を務めたセオドア・シュナイダー氏の息子。ベン・カッファー氏とは幼なじみだという。3人目は、アメリカとカナダのプロホッケーリーグNHLでスタープレイヤーとして活躍したスイスのベルン出身のマーク・ストライト氏。時計業界のサラブレッドふたりと、スポーツ界のスーパースターが手を組んで立ち上げたウォッチブランドに注目が集まらないはずはなかった。
「夢を持って挑戦するマインドの人たちに共感してもらえる時計をつくりたいのです」。ベン・カッファー氏は、力強くそう語る。
「高価格でハイエンドな時計を供給する独立ブランドはいくつもあります。しかし、われわれのようなポジションの独立ブランドは、あまり例がない」
実際、成功者の証しとなるような高級時計は数々存在する。しかし、頂点を目指してチャレンジする若い層を意識したブランドは、最近のシーンではやや勢いを失っていたような印象がある。しかし、ノルケインでは20~50万円をボリュームゾーンに、快進撃を続けているのだ。
「スイスメイドであること、ポリッシュやヘアラインなどのディテールの仕上げに至るまで、高いクオリティーにこだわりながら、適正なプライスも常に意識しています。スイスの機械式時計の文化を継承しながら、独立した企業として挑戦を続けていきます」
今年の新作腕時計には日本限定のモデルも
ノルケインのコレクションは、アウトドアやスポーツを意識し、堅牢なケースを特徴とする「アドベンチャースポーツ」、1960年代風のヴィンテージスタイルを採り入れ、当時の自由なスピリットを現代の技術で具現化した「フリーダム60」、クロノメーター認証取得キャリバーのみを搭載し、独立したスイスブランドのプライドを詰め込んだ「インディペンデンス」の3つの柱からなる。
今回、ベン・カッファーCEOは、発表したばかりの新作4モデルを携えて来日した。まず『インディペンデンス 22 スケルトン』。2021年に100本限定で発売されるや、瞬く間に完売したスケルトンDLCブラック仕様をベースに、3種類の異なる仕上げによるSSケース&ブレスを採用し、継続的に入手可能とした進化バージョンだ。
「インディペンデンス JP ブラック マザーオブ パール」はブラック マザー オブ パール文字盤を採用した、エレガントさとタフさとを兼備した日本限定モデル。ケニッシ社製マニュファクチュールキャリバーを搭載する。
エントリーモデルに位置付けられる「アドベンチャースポーツ オートJP」の日本限定仕様モデルは、ベゼルをセラミックからSSに、また差し色のレッドをなくし、落ち着いた雰囲気に。価格も、よりフレンドリーに設定された。スイスを象徴する山々をモチーフに、ブランドの頭文字のNをデザイン化したロゴマークをかたどった文字盤のパターンは、ツイードやヘリンボーンなどの織り柄を思わせ、スポーティーさだけでなく、スーツやジャケットスタイルにも合わせやすい。いずれのモデルも高い質感で、価格以上の満足感を約束してくれるものだ。
それにしても、なぜノルケインでは、価格以上の仕上げや仕様を、創業からわずかの間に実現できたのだろうか? その秘密をベン・カッファーCEOは、こう明かす。
「ふたつの理由があると思うんです。ひとつは、サプライヤーとの強固なネットワークです。もちろん父親の代からの恩恵もありますが、それだけでなく、われわれのスイスの時計製造の伝統を受け継ごうという意欲に、多くの時計製造関係者から賛同をいただいていることが大きい。ムーブメント・サプライヤーのケニッシ社から、マニュファクチュールキャリバーの供給を受けられるようになったのも、こうした信頼関係を構築する延長線上で実現したものです」
ケニッシ社は、ロレックス傘下のチューダーが設立したムーブメント・サプライヤーで、ブライトリングの副社長だったジャン・ポール・ジラルダン氏がディレクターのポジションに就いている。チューダーはもちろん、シャネルの新生「J12」や、タグ・ホイヤーの一部のモデルにもキャリバーを供給し、その評価を高めている。そのケニッシ社からノルケイン専用のエクスクルーシブキャリバーの供給を受けられたことで、ブランドの存在感がぐっと増した。
「ふたつ目の理由は、マーケティングへの投資を抑え、製品そのものに投資することを重視していることです。すぐれた製品をつくること自体が、評判を呼ぶことになり、最大のマーケティングにつながると考えています」
パンデミックの超克と、ジャン・クロード・ビバー氏の参加
「ブランド創設後、翌年2019年から販売をスタートしましたが、年間の目標の4倍の売り上げとなり、上々の滑り出しでした。しかし2020年のコロナ禍の発生以降、4、5、6月とスイス国内はロックダウンとなり、オフィスもファクトリーも全てクローズを余儀なくされ、本当に悪夢のような日々でした。しかし、そこで頭を切り替え、ポストコロナへ向けて、人員強化、デジタルマーケティングの強化などなど、さまざまな準備を整えはじめました。その結果、コロナ以前より強力な体制ができ、現在世界12カ国70店舗に販売ネットワークを広げることができています。日本では、当初から特に熱い支持をいただき、現在38店舗で取り扱っていただいています」
この若く精力的なブランドは、強力な支持者をも得ることとなった。ジャン・クロード・ビバー氏、その人である。ビバー氏は、80年代初頭にブランパンを再興して機械式時計復興を主導し、その後スウォッチグループの要職を経て、2000年代にウブロの再活性化を大成功に導いたことで知られる、時計界のリビング・レジェンドだ。ウブロ、ゼニス、タグ・ホイヤーを統括するLVMHウォッチヴィジョン プレジデントを辞して、現在、自身の名を冠したブランド「J・C・ビバー」の準備を進めている。
「絶対ビバー氏に会ったほうがいい、と彼と交流のある知人から言われていたんです。いいね、会いたいねと言ったら、翌朝にはビバー氏からメッセージが送られてきました。ちょうど2020年のイースターのときでしたね。すぐに会うことになって、彼がスイス時計業界の若い力を支援する気持ちが強いことを理解しました。われわれは平均年齢35歳という若い独立したチームであり、情熱を持ってチャレンジしていることに、ビバー氏はとても共感してくれました。
デジタルとスマートウォッチが幅を利かせている時代において、機械式時計に対する情熱を互いに確認し合うこともできました。そして取締役会のアドバイザーになることを快諾してくれたのです。年4回のボードメンバーの会議には、毎回出席してくれていますね。資本参加ということではなく、純粋にわれわれを応援するアドバイザーというスタンスです。彼の豊富な経験とノウハウが、ノルケインの大きな力になってきています」
ビバー氏の助言から進んでいるプロジェクトもあるという。
「現在のコレクションの上位に位置するモデルをいつか作りたいと思っていたんです。2025年ぐらいをメドに進めたいとビバー氏に話したところ、『そう考えているなら、今だ。すぐにやるべきだ!!』と叱咤激励されました。新しいカテゴリーのトップランナーになることが重要だということです。彼の決断の速さに驚かされましたが、実は自分も即断即決は得意とするところです(笑)。そこで今年後半の発表に向けて『ワイルドワン』というモデルを準備しています。新素材の開発も進めていますし、ケース構造も含めて、全く新しいノルケインのモデルになると思います」
デジタルネイティブ層へのアプローチとサステナビリティー
今、時計業界ではデジタルネイティブ、Z世代などと呼ばれる若い層に対して、伝統的な機械式時計をどうアピールしていくかが、大きな課題となってきている。
「ノルケインでは"MY LIFE MY WAY“というメッセージを掲げ、それに共感してくれるアンバサダーを起用しています。日本では、サッカー界のレジェンド岡崎慎司選手、日本を代表するスポーツクライマーの楢崎智亜選手、北米ではナショナルホッケーリーグを管轄する選手会NHLPAとのパートナーシップも大きな意味を持っています。こうしたことを通じて、SNSやデジタルも活用しながら、スマートウォッチではなく伝統性を受け継ぐ機械式時計で、その生き様や価値観を共有するメッセージを広げ、若いターゲットにアプローチしたい」
サステナビリティーに対しても、ベン・カッファーCEOの意識は高い。
「『アドベンチャー』コレクションのなかの『ネべレスト』というモデルを通じて、ヒマラヤ登山のサポートをしながら命を落としたネパールのシェルパの遺族を支援する『バタフライ ヘルプ プロジェクト』とパートナーシップを締結しています。『ネべレスト』の販売収益の一部は、シェルパの遺児たちの教育支援に充てられます。また植樹活動や海洋ゴミの問題に取り組む環境保護活動団体支援にも取り組んでいます。
もちろん、そうした活動も大切なのですが、われわれが製造業である以上、製造工程そのものにサステイナブルな要素を導入するべきだと考えています。現在既に、ストラップにワニなどの皮は使用せず、今後は動物由来の成分を含まない素材だけにする方針です。アップサイクルプラスチックにも注目しています。それだけでなく、サステナビリティに配慮した新素材や製造工程の開発にも投資していきます。膨大なコストがかかるでしょうが、長期的な視点で見たとき、それがわれわれの財産になると思っています。
ドバイウォッチウィークでは、サステイナビリティーに関するフォーラムで、われわれの取り組みについてパネラーのひとりとしてお話しさせていただきました。実は、スイスでカーボンニュートラルやサステイナビリティーに取り組むコンサルティングチーム『スイスクライメート』から、来月(2022年8月)、時計関連企業で初めてCO2ニュートラル品質認証マークが、ノルケインに与えられることになりました。これもわれわれの取り組みに対するうれしい評価として、アナウンスしていきたいと思っています」
最後に今後目指すところを尋ねると、ベン・カッファーCEOは、こう言い切った。
「より強固な独立したウォッチブランドですね」
目標は見えている、環境も整いつつある、強力なサポーターもいる――、まさに死角なし。ノルケインは、ウォッチシーンの頂上を目指して、着実に歩を進めている。
ベン・カッファー
1988年、時計製造会社を経営するマーク・カッファー氏の息子として、スイス ビエンヌに生まれる。2006年ブライトリング入社、ブランドマネージャーやアジア地域のセールスマネージャーなどを経て独立。2018年にノルケインを起業しCEOに就任。
Photograph:Sho Ueda
Intervew & Text:Yasushi Matsuami