週末の過ごし方
上白石萌歌さんと巡る、横浜“昭和クラシック”紀行。
第3回 シネマ・ジャック&ベティ
2022.12.15
“昭和的”や“昭和っぽい”という言葉が、古臭さを象徴するある種の嘲笑めいたニュアンスを含む一方、“昭和レトロ”なモノやコトがSNS世代の若者を中心に厚い支持を集めています。そこで、俳優およびアーティストとして活躍する上白石萌歌さんをゲストに迎え、クラシカルなたたずまいと異国情緒あふれるレトロスペクティブな街・横浜を巡ります。
連載第3回は、横浜最後の名画座であるシネマ・ジャック&ベティを訪れます。前身となる「横浜名画座」から数えると、70年の歴史を誇る老舗映画館は、いい意味で昭和的な猥雑さや混沌とした魅力が残る黄金町エリアのなかで、文化の明かりを絶やさない、まさしく“昭和クラシック”と呼ぶにふさわしい場所でした。
「ジャック」(定員132名)と「ベティ」(定員144名)の2つのスクリーンを備えるシネマ・ジャック&ベティ。その歴史は古く、1952年に「横浜名画座」として誕生。この地はかつて、横浜港に届けられた洋画の新作フィルムをいち早く封切りできることから“映画の街”として栄えていただけに、当館も昭和の時代には多くの人でにぎわっていました。しかし、シネコンの拡大や日本映画の人気低迷などもあり2005年に閉館。その後、地元市民の後押しを受けて復活を果たすと、2007年には今も支配人を務める梶原俊幸さんら3人の有志によって運営が引き継がれ、現在に至るまで営業が続けられています。
ひとりの演者であると同時に、映画ファンとしても知られている上白石さん。多忙ななか、時間を見つけてはいろいろな劇場に足を運ぶことも多いとか。
「都内なら新宿シネマカリテや吉祥寺アップリンクに行くことが多いですね。最近だと日活ロマンポルノ50周年記念プロジェクト(『ROMAN PORNO NOW』)で上映された松居大悟監督の『手』を観に行きました」
ミニシアターや企画上映も含めて、くまなくチェックするあたりに映画愛がうかがえます。今回お邪魔したジャック&ベティでも、自ら“オール・タイム・フェイバリット”だと語るウォン・カーウァイ監督の4Kレストア上映が開催中(現在は終了)とあって、テンションも急上昇。スタンプラリー・キャンペーンの特典をじっくりと確認し、『恋する惑星』で警察官役を演じたトニー・レオンのミニパネルに歓声を上げるなど、無邪気な一面が顔をのぞかせます。しかし、日本でも大ヒットを記録した『恋する惑星』の上映は今から4半世紀以上前の1995年。彼女が生まれる以前の作品です。そこにはご両親の影響があったのでしょうか?
「いえ、違うんです。最初はたまたま作品のポスターを見かけて、すごくかわいいなって気になっていたんですね。それから配信で観て一気に大好きになりました。初めて観たときは、自分が生まれる前の映画なのにすごく今っぽさを感じて驚きましたね。一度じゃ理解しきれない魅力があるなと感じたので、繰り返し観ていくうちにどんどんとりこになっていきました。今でもサントラを毎日聴き、先日は『花様年華』のサントラLP版をオークションで落札して、家でもずっと流しています。『恋する惑星』も好きですが、今なら『花様年華』が一番のお気に入りですかね」
もちろん、今回の4Kレストア版も既に劇場で鑑賞済みとのこと。特典で手に入れたポスターも、大事にするあまりいまだ開封できていないというから、その熱の入れようは推して知るべしです。
ちなみに、ウォン・カーウァイ作品といえば、盟友でもある撮影監督のクリストファー・ドイルによる唯一無二の映像美が特徴。ここ、ジャック&ベティが醸すレトロなたたずまいと作品の世界観にひかれて、わざわざ遠方から足を運ぶファンも多いのだとか。熱烈な映画ファンから近所に住む老人までが混在する多彩な客層を見ていると、映画が有する娯楽としての魅力と芸術性の高さを改めて思い知ることができます。
――うまく言えないけれど、ずっとずっとこの映画の中で息をしていたいと思った――
上白石さんは、今回のウォン・カーウァイ4Kレストアプロジェクトの開催にあたり、『恋する惑星』を評してこんな公式コメントを寄せています。また、自身のインスタグラムでは同作品を映画館で鑑賞したことを報告し、「時も空間も超えられる映画って最高だ!」とも。
作品はもちろん、劇場の雰囲気や観客の一体感も含めてが映画ならではの醍醐味(だいごみ)だとすれば、シネマ・ジャック&ベティという空間が “時空を超えさせてくれる”装置であることは間違いなさそうです。
〈上白石萌歌(かみしらいし・もか)〉
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝『シンデレラ』オーディション」グランプリ受賞をきっかけに芸能界入り。2018年、『羊と鋼の森』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『子供はわかってあげない』(21/主演)、『アキラとあきら』(22)、ドラマ『金田一少年の事件簿』(22)、連続テレビ小説『ちむどんどん』(22)などがある。アーティスト名義adieu(アデュー)として音楽活動も行う。2023年1月スタートのテレビ朝日系木曜ドラマ『警視庁アウトサイダー』への
出演が決定している。
〈訪れた場所〉
シネマ ジャック&ベティ
1952年に開業した「横浜名画座」を引き継ぐ形でオープン。その後、1991年の改築を機に、現在の「ジャック&ベティ」へと改称。2005年の閉館とネットシネマ上映館としての業態変更を経て、2007年からは現体制での運営が行われている。「ジャック」と「ベティ」の2つのスクリーンを備え、単館系の新作ロードショーを中心に、監督・俳優特集、映画祭なども積極的に開催。映画監督の是枝裕和氏も新作や特集上映などの際に同館でたびたびトークショーを行っており、横浜最後の名画座として映画関係者から市井の映画ファンまで多くの人に親しまれつづけている。
神奈川県横浜市中区若葉町3-51
TEL:045-243-9800
https://www.jackandbetty.net
ワンピース ¥59,400、リブトップス ¥28,600/すべてタン(タン contact@tanteam.jp)、リング ¥59,400/ヤヌカ(ヤヌカ https://www.januka.jp/)
Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Ami Michihata
Hair & Make-up:Maiko Inomata(TRON)
Text:Tetsuya Sato