特別インタビュー
パタゴニアオリジナルの“自然酒”が誕生
寺田本家第24代目当主が語る自然を活かす日本酒づくりとは?
2022.12.16
パタゴニアの食品事業パタゴニア プロビジョンズが、2種類の自然酒を12月8日に発売。手作業で大切につくられた自然酒には、水田の土壌や水、生物の多様性、蔵に棲む微生物といった自然環境の豊かさが反映されている。
そのうちのひとつに「繁土(ハンド)」と命名された、パタゴニアのオリジナルとなる自然酒も誕生。蔵元・杜氏である寺田本家第24代目当主の寺田 優(てらだ まさる)さんに話を聞いた。
自然を感じ手作業で、歌もうたう酒づくり
日本酒づくりには多くの工程がある。甘口や辛口などの味わいによってつくり方は異なるが、一般的には精米から始まり、洗米、蒸米、麹づくり、酒母づくり、仕込み(もろみづくり)、搾り、濾過、火入れ、貯蔵、調合、瓶詰めへ……となる。
そんななか寺田本家の酒づくりは、米づくりから始まる。自社の自然酒には自社田で育てた全量無農薬米や契約農家の全量無農薬米を使い、製品に至るまでは手作業で行っている。まず、なぜ手間のかかる手づくりをするのかと尋ねた。
「『お酒づくり』というのは、もともと自然のものを人の手によって『お酒』として発酵させていくのが根本にあるんです。手作業でつくっていくことで、自然の在り方を感じることができます。かつて機械を使っていた時期もあったのですが、少しずつ手作業に戻していったのが寺田本家の歴史です」
1980年代に先代が自然酒づくりを始め、寺田さんが加わったのは2003年、当時30歳。蔵ではちょうど若い世代への入れ替わりや、杜氏の切り替わりもあり、それが蔵の変革期となった。
「手作業をやりだしたとき、最初は時間をストップウォッチで計っていたんですが、『これも自然じゃないよね』とみんなで話しているうちに、昔はお酒づくりの歌があったことを知りまして。『じゃあ歌をうたってつくってみよう』となったんです」
寺田本家では、酵母を育てる酛(もと)をつくるとき、「酛摺(もとす)り唄」をうたう。作業時間をはかり、みんなの息を合わせ、そして心も合わせて、蒸した米と麹をなめらかに摺りつぶし、硝酸還元菌や乳酸菌、酵母菌が自然にやってくる発酵場を整える。
おもしろいのが「機械でつくっていたときはうたう暇なんてなかった」と言うのだ。手作業にしたことで見えてきたことがあり、自然なスタイルでの酒づくりこそが本物の酒であり『百薬の長』なのではと気づいた。
では、手づくりにしたことで、味はどう変化したのだろうか。
「手づくりだから味が変わったわけではなく、並行してさまざまな改変があって変化していきました。お酒の味は以前より酸が出るようになってきて、それは悪く言うと『雑味が増えてきた』、良く言うと『うま味が詰まったお酒』ということなんです」
改変の最中には離れていった客もいた。「あそこの酒は腐っているんじゃないか」と言われたこともあった。が、いまでは賛同する人が増え、「おいしい酒」「元気になれる酒」と飲んだ人を魅了しつづける酒蔵になっている。
自然のゆらぎを楽しむ
寺田本家では「日本酒」とは呼ばず、「自然酒」と呼ぶ。彼らがそう呼ぶ定義は、原料に化学肥料や農薬を使わずに栽培された米を使い、醸造途中も添加物を使用せず米と水のみ、発酵の主役である菌も蔵にいるおりてきた菌を使う。それが自然発酵の自然酒だ。
麹菌は寺田本家の蔵で採取して種麹にし、酵母菌はおりてくるのを待つ。その過程では“暴れん坊な菌”が登場し、酒が酸っぱくなりすぎたこともあったそうだ。それでも何年か繰り返していくうちに、菌のバランスが安定し、「いろんな菌がいていい」という考え方になっていった。
「お酒をつくる菌、人間が持ってくる菌、納豆菌……などいろんな菌がいるなかで、調和がとれる菌もいて、そのバランスをとるのが蔵人の仕事だなって思っています」
ところで「菌のバランス」は、毎年同じようにできるものなのだろうか? 「それがおもしろいところで。できないんですよ!」と寺田さん。
できなくていいとも思っていて、酸が強くなったり、甘め・辛めになったり……、それこそが自然のゆらぎで、自然に寄り添った仕事。それらを含めて、その年の味として楽しんでほしいと話す。
ジューシーでうま味が凝縮、体に染み渡る「繁土」
パタゴニアと寺田本家の取り組みは今年で2年目になり、今回、完全オリジナルの自然酒「繁土」が誕生した。原料には、カエルやドジョウなど、コウノトリのエサとなる生き物が育つ環境づくりに取り組み、コウノトリの野生復帰を支える栽培・収穫方法をする「コウノトリ育む農法」でつくられた「コウノトリ育むお米」と、寺田本家のある千葉県の地元農家の米が使われている。
通常、酒づくりに使う酒米は粒が大きく乾燥しているのだが、コウノトリ育むお米はコシヒカリからつくられているため、食べてもおいしく甘みがある一方、酒づくりでは溶けやすくつぶれやすい、しかし、もろみの段階になると味が出やすいという特長もあった。
寺田さんはその特長を捉えて、しっかりと向き合えるようにあえて生産量を少なめにして、発酵の時期を図った。そうしてできたのが、寺田本家の蔵付き酵母が活躍してつくっていった「繁土」だ。さて、その味わいはいかに?
「蔵付きの酵母なので香りが華やかというわけではないのですが、口に含んだときのジューシーさがあります。繁土の特長は雑味の出方にも表れていて、うま味の凝縮感や土の味も感じられます。酸をつくっていく菌も出入りしているので、爽やかさやキレのある後味を出してくれ、それらがバランスよくまとまり、体にすっと染み渡っていくんです。包容力のある味わいですね。これが自然発酵のおもしろさなんですよ」
パタゴニアがなぜ食に取り組んでいるのかご存じだろうか? 同社は10年ほど前からパタゴニア プロビジョンズをスタートし、農業形態を見直すことで環境保護を考えている。
プロビジョンズのディレクターの近藤勝宏さんは、発表会のこの日、初めて口にした「繁土」の“でき”について「寺田さん、すばらしい逸品ができましたね。これはね、本当にウマいですね!」と喜び、こう解説した。
「パタゴニアが農業や食に取り組んでいるひとつの大きな理由として、土壌という資源を再生させていきたいと考えているんです。そこには気候危機や環境危機が関係しているので。近代化によって壊れていってしまった土という資源を再生し、健康にするものづくりをされているのが、寺田さんなんです。人も環境の一部で、人が加わることでバランスがとれる、それがまさに酒づくりですね」
最初こそ寺田さんの「どんな味になるのか、できてみないとわからない」という言葉に驚いたそうだが、その過程を追ってきた近藤さんは、「自然とどう付き合っているかで、最終的にどういうものが生まれるかが変わるものなんです。そのプロセスを寺田さんは、丁寧に、大切に、自然や微生物と向き合ってやられている。だから、最終的に『どんな味になるかわからない』と言われても、信じてやみませんでした」と話す。
自然との調和を楽しんでほしい
寺田さんが初めてパタゴニアと出合ったのは海外。リユースのフリースに出合い、その後それを着て旅をしていたそうだ。もともと自然界が好きだったところへきて、いまは自然と向き合う酒づくりをする寺田さんとパタゴニアは、業種が違えど、共通・共鳴するところが多い。
その両者が丁寧に取り組んでつくった、自然の生命力あふれる「繁土」。寺田さん流の楽しみ方を教えてもらった。
「繁土は自然のなかでできたお酒ですから、アウトドアキャンプをしているときや、海から上がったときなど、自然環境に身をおいて召し上がっていただけたらと。自然との調和を感じていただけたらうれしいです。これからの時期は燗(かん)をつけるのもおすすめです。鍋を火にかけてお湯を沸かして、そのなかに瓶をジャボンと入れて。そんなワイルドな感じで冬場は楽しんでいただけます。楽しいですよ、火を囲みながらとか!」
手作業での自然酒づくりも「結局、楽しいからやっているんですよ」と笑顔を見せた寺田さん。彼の周りは朗らかな雰囲気に包まれていた。
パタゴニア プロビジョンズの自然酒はパタゴニアオンラインストアまたは全直営店へ
パタゴニア プロビジョンズの自然酒コレクションの栓を抜くとき、その内に宿る真の地球の息吹へといざなわれるでしょう。多様な微生物が醸しだす、複雑で豊かな味わいをお楽しみください。
製品名:しぜんしゅ-やまもり
原材料:米、米こうじ
アルコール度数:13%
容量/価格:720ml/2200円(税込)
生産:仁井田本家(福島県)
発売場所:オンラインストア、全直営店
製品名:繁土 ハンド
原材料:米、米こうじ
アルコール度数:15%
容量/価格:720ml/2090円(税込)
生産:寺田本家(千葉県)
発売場所:オンラインストア、全直営店
パタゴニア プロビジョンズは、自然酒と食品のストーリーを多角的に伝えるイベントを初開催
期間/12月9日(金)~ 12月18日(日)
場所/BONUS TRACK 世田谷区代田2-36-12~15
下北沢駅から徒歩5分
詳細はこちら
Photograph:Satoru Tada (Rooster)
Edit & Text:Tomoko Komiyama