週末の過ごし方
上白石萌歌さんと巡る、横浜 “昭和クラシック”紀行。
第4回 古書 馬燈書房
2022.12.22
“昭和的”や“昭和っぽい”という言葉が、古臭さを象徴するある種の嘲笑めいたニュアンスを含む一方、“昭和レトロ”なモノやコトがSNS世代の若者を中心に厚い支持を集めています。そこで、俳優およびアーティストとして活躍する上白石萌歌さんをゲストに迎え、クラシカルなたたずまいと異国情緒あふれるレトロスペクティブな街・横浜を巡ります。
連載第4回は、関内駅すぐの伊勢佐木町モール内にある「古書 馬燈(まとう)書房」にお邪魔します。街の古本屋然としたなにげない店構えから一歩奥に進むと、めくるめく知の世界が広がっていました。
「写真集とかも買ったりしますが、普段読むのはエッセイとか小説が多くて、綿矢りささんとか吉本ばななさんの作品が好きですね。割と戯曲っぽいものが好みなんだと思います」
SNSなどでもお気に入りの作品を挙げるなど、読書家としても知られる上白石さん。休日には古本の街・神田神保町に通うことも多いとか。
「特定のお店というより、とりあえずいろんな書店に入りつづけますね。神保町に行くようになって、本屋さんってこんなに色々なジャンルや特化した専門店があるんだって知りました」
今回訪れた「馬燈書房」は、アート写真集や画集、初版本、学術系専門書などに力を入れている古書店。20坪ほどの店内には、約1000冊の蔵書が天井近くまでびっしりと並べられ、金井美恵子やトマス・ピンチョンといった作家別や、歴史、哲学、ジェンダーなどテーマごとにラベリング。映画・演劇コーナーであれば、古いパンフレットやポスターに加えて、蓮實重彦の評論集や黒澤 明、小津安二郎、ゴダールの関連本などをコーナー分けするなど、かつて映画の街として知られた横浜らしい充実のラインアップを取りそろえています。
ほかにも音楽雑誌『フールズメイト』のバックナンバーをはじめ、ニューウェイブ、テクノ、ノイズに滅法強いなど、どのジャンルも店主の顔が見える個性豊かな品ぞろえ。丁寧に“編集”が施された棚作りからは、プロの書店員らしい確かな仕事が見て取れます。
上白石さんの棚に並べられた本をじっくりと眺めながら、時折手に取ってページをめくる姿はまさに真剣そのもの。「最近、買った本でお気に入りはありますか?」と尋ねると「神保町にアジア系のアート本に強い書店があるんです。そこで見つけた『你好小朋友−中国の子供達−』(秋山亮二)という写真集がすごく良くて……。80年代の中国の子どもたちが写し取られた作品集で、表紙の女の子にひかれて思わずジャケ買いしました。写真のなかの子どもたちの視線がとても自然かつキュートで、カメラを向ける秋山さんに心を許しているのがよく伝わる空気感です。ページをめくると子どもたちのはしゃぎ声が聞こえてくるようで、開くと元気になれる一冊ですね」
写真といえば、彼女自身もフィルムカメラが趣味とあって、その後も四季折々の山岳景観を捉えた『上高地』(中西俊明)や赤瀬川原平の『香港頭上観察』といった写真集が気になる様子。
「このあいだ、番組の撮影で奄美大島に行ったんです。そこは全部がすごくステキで、街角にいるおばあちゃんに直接声を掛けて写真を撮らせてもらったりとか。かなり撮影しがいがある場所でしたね(笑)」
落ち着きのある理知的な語り口に加えて、スタッフも知らない作品やアーティストなど、次から次へと固有名詞が飛び出す知識量は、とても22歳とは思えません。アカデミックな専門話にこちらも少々気圧(けお)されて「マンガとかは読まないんですか?」と、口にした瞬間、思わず後悔したくなる愚鈍な質問を投げかけると……「漫画はこれまであまり通ってきてなくて……」と前置きしながら、「ただ、大島弓子さんの作品は好きですね。あと、岡崎京子さんの『Pink』なんかはお気に入りです」
通ってこなかったと謙遜しながらも、口を衝いて出るタイトルはどれも彼女が生まれるはるか前の名作ばかり。その掘れば掘るほどあふれ出すカルチャーへの愛情と造詣の深さには驚かされるばかりです。
俳優業やアーティスト活動を行う一方、大学では芸術学を専攻する上白石さん。
「絵画だと印象派が好みで、画家であればフォーヴィスムの創始者でもあるアンリ・マティスが大好きです。いつかはフランスのヴァンスにあるマティスが手掛けたロザリオ礼拝堂を訪れるのが夢ですね」と笑顔で語ってくれました。
彼女であれば、これ見よがしのセレクトや玄人好みのアーティストの名を挙げることはたやすいことでしょう。このマティスという直球のチョイスからは、作為的な自己演出や自らを大きく見せようとする姿とは真逆ともいえる、素直で飾らない人柄がうかがえます。多くの人を引きつける上白石さんの魅力は、こんなところにもあるのかもしれません。
上白石萌歌(かみしらいし・もか)〉
2000年2月28日生まれ。鹿児島県出身。2011年、第7回「東宝『シンデレラ』オーディション」グランプリ受賞をきっかけに芸能界入り。2018年、『羊と鋼の森』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。近年の主な出演作に映画『子供はわかってあげない』(21/主演)、『アキラとあきら』(22)、ドラマ『金田一少年の事件簿』(22)、連続テレビ小説『ちむどんどん』(22)などがある。アーティスト名義adieu(アデュー)として音楽活動も行う。2023年1月スタートのテレビ朝日系木曜ドラマ『警視庁アウトサイダー』への出演が決定している。
〈訪れた場所〉
古書 馬燈書房
関内駅前にある1.5キロにも及ぶ商店街・伊勢佐木モール内に店舗を構える書店。古書を中心に、写真集や画集などを得意としており、宗教書(仏教、キリスト教)、思想・哲学書、医学書(精神医学、東洋医学)、文学、詩集など、幅広く取り扱っている。連載第3回で紹介したシネマ•ジャック&ベティは、徒歩2分ほどの距離にあり、過去には馬燈書房企画による映画上映が行われるなど、関係性も深い。店内には、1960年代までの映画ポスターや映画・演劇などの関連書籍も充実しているので、映画館とハシゴするコースもおすすめ。
神奈川県横浜市中区伊勢佐木町5-127-13 伊勢佐木町ロイヤル1階
TEL:045-262-1250
営業時間:11:00〜20:00
定休日:不定休
http://matou-syobo.com
ジャケット¥207,900、ニット¥17,600、パンツ¥37,400/すべてポロ ラルフ ローレン(ラルフ ローレン 0120-4274-20)、イヤリング¥17,600/エテ(エテ 0120-10-6616)
Photograph:Satoru Tada(Rooster)
Styling:Ami Michihata
Hair & Make-up:Maiko Inomata(TRON)
Text:Tetsuya Sato