週末の過ごし方
命と食を学ぶ旅。「星のや富士」の
ソーシャルグッドなジビエ狩猟体験ツアー。
2023.01.06
「命と食を学ぶ狩猟体験ツアー」では、実際に狩猟を見学した後、ランチとディナーで食べ頃のジビエを味わうところまでがセットになっている。それゆえ、おいしいジビエ料理が食べたいというグルメな方の参加も多いという。私はというと、健康診断の際に自分の採血を見るのも苦手なため、野生動物の解体を直視できるかいささか不安でいた。
行きの車内、猟師の古屋さんは富士五湖周辺の自然の魅力から自らの狩猟の武勇伝まで、さまざまな話を聞かせてくれた。夏は本栖湖でダイビングのインストラクターとして、秋冬は狩猟ツアーのガイドとして活動する古屋さんは、いわばこのエリアの自然のスペシャリストだ。安心感があり、職人にインタビューさせてもらっているかのような高揚感もあった。森の脇に車を止め、古屋さんの後を追って、事前に罠をしかけた場所まで歩いていく。途中、シカのフンやキツネの足跡と思われる痕跡に遭遇するものの、野生生物の姿は見えない。なにしろ相手は自然である。果たして、狩猟は行われるのだろうか。道なき道を進むこと約10分、森の中で何かが動くのが見えた。自分の鼓動が、急速に早くなっていく。罠にかかったメスのニホンジカが1匹、木の影からじっとこちらを見つめていた。
※狩猟の様子の画像を掲載しています。ご注意ください。
そこから先の光景は、今でも脳裏に焼き付いている。古屋さんはカバンからトンカチを取り出すと、シカを背後から押さえつけ、素早く一撃、脳天をたたいた。先ほどまで命乞いをするかのように鳴きつづけていたシカは、脳震盪(のうしんとう)を起こし、膝から崩れ落ちるように地面へと倒れ込んだ。古屋さんは電光石火の早業で首にナイフを入れ、心臓をマッサージして一気に血抜きを行っていく。あたり一面に広がる鮮血。ものの1、2分の出来事なのだが、私にとってはまるでスローモーションを見ているように長く感じられた。
残酷とは思わなかった。むしろ仕留めてから解体までの一連の作業はある種の神々しささえ感じられた。私もその場で解体されたロース肉を触らせてもらったが、ビニールの手袋越しでもしっかりとシカの体温を感じることができた。数分前までこの肉は生きていたのだと実感する。筋肉もまだ自分が仕留められたことに気付いていないのか、手のひらの上でピクッピクッと痙攣(けいれん)を繰り返していた。
古屋さんいわく、ジビエ猟ではストレスのない仕留め方や、即座に血抜きを行うことが非常に重要であり、それがおいしくて臭みのないジビエをいただくことにつながるのだという。実際、このあと本栖湖のレストハウスに戻りジビエ三昧を体験するのだが、特有の臭みはまったく感じられず、特にシカ肉のタタキは今まで食べたことのない上質な赤身肉で、舌の上でとろけるようだった。
私は改めて、この日参加したツアーについて思いを巡らせていた。私が目撃したあのニホンジカの狩猟は、命が食へと変貌する儀式だったように思う。それが今、皿に料理として盛られることで、今度は食が私たちの命へとつながっているのだと実感していた。命を奪われたシカは、猟師たちの職人技ともいえる血抜きや解体の技術によって、ジビエという究極のグルメに昇華した。食と命、そしてこの地で脈々と受け継がれる豊かな食文化を、このツアーでは目の当たりにすることができたと思う。
ツアー参加者はこのあと星のや富士に戻り「狩猟肉ディナー」を楽しむのだが、星のや富士ではツアーの参加有無にかかわらず、年間を通じてジビエを提供している。それは狩猟肉を食材として使ったメニューを開発することで、地域の課題でもある「獣害」を減らそうと考えているためだ。「命と食を学ぶ狩猟体験ツアー」は、実は農林業に被害を及ぼすシカやイノシシの消費促進という意味合いも担っており、まさにさまざまな側面においてソーシャルグッドと呼べるアクティビティなのである。
実は参加する前、もしかすると人生観が変わってベジタリアンに転向することもあるかもしれないと想像していた。実際には、「命と食を学ぶ狩猟体験ツアー」を体験してから、私が肉食をやめることはなかったし、逆にジビエについて関心を持ち、鍋かグリルか燻製か、どうしたらよりおいしく、より味わって食べられるか追求することが、食と命へに対しての真摯(しんし)な向き合い方だと今は捉えている。肉を食べる際の「いただきます」と「ごちそうさま」のあいさつは、以前よりも大声で、心を込めて発するようになった。自然のサイクルの中で生きる者として、一番大切なこと。それを学ぶことができた、星のや富士の旅だった。
星のや富士
山梨県南都留郡富士河口湖町大石1408
050-3134-8091(9:30〜18:00)
https://hoshinoya.com/fuji/