週末の過ごし方
「guntû(ガンツウ)」で巡る瀬戸内。
世界でここにしかない、極上の船旅。
2023.05.12
![「guntû(ガンツウ)」で巡る瀬戸内。<br>世界でここにしかない、極上の船旅。](http://p.potaufeu.asahi.com/f77c-p/picture/27574212/32e319ed02aa6de469ef9289345f5c92.jpg)
社会によりよい取り組みを行うソーシャルグッドな旅を、トラベルエディター伊澤慶一が紹介。今回は「せとうちの海に浮かぶ、ちいさな宿」をコンセプトにした宿泊型客船「guntû(ガンツウ)」の体験航路に乗船し、瀬戸内の伝統文化に触れる。
いい旅をしているときというのは、五感が研ぎ澄まされていくのを感じるものだ。ガンツウ乗船中、私は幾度となくその感覚を味わった。瀬戸内を旅するのもクルーズ船に乗るのも初めてのことではなかったが、ガンツウは過去の旅とはまったく異なり、「世界でここにしかない」と思わせるものだった。いったい、ガンツウの何が特別なのだろうか?
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![1050_3F7A0958](http://p.potaufeu.asahi.com/1bcb-p/picture/27574200/fecd3fe2029d834c88f9ab6022519d82.jpg)
ガンツウに乗船すると、まず建築としての完成度の高さにほれぼれさせられる。設計・デザインを担当したのは、住宅建築の名手・堀部安嗣氏。クリやアルダー、タモなどの木材を多用し、情緒と機能性を兼ね備えた客室は、まさに「帰ってきたくなる家」のような居心地のよさで、ガンツウがしばしば“名建築”と称される理由がよくわかる。
また、客室が位置するのは1・2階で、部屋から海面がかなり近く感じられ、海と一体になる感覚が味わえるのも大きな魅力だ。ガラス窓が木枠のフレームとなって瀬戸内の風景を切り取るのだが、これがアートのような美しさで永遠に眺めていたくなる。
巡航速度にも特徴があり、大型客船はだいたい20〜30ノットなのに対し、ガンツウは5〜10ノット。時速にして9〜18kmほどで、自転車を漕ぐような速度で景色がゆったりと流れてゆく。決して広くない内海だからこそしっくりとくる、この目線の高さとスピード感。乗船して1時間も経たないうちに、「まさに今、瀬戸内を漂っている」という実感が湧いてくる。
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つくね芋と小豆を使った春霞(はるがすみ)や大納言小豆の最中(もなか)などを目の前で丁寧に作り、それに合わせて煎茶や抹茶、コーヒーを提供してくれる。 3階のラウンジの壁や天井にはスギやヒノキでなく、サワラを使用。温かみを感じる色合いだけでなく、軽量で水に強いという造船ならではの条件を満たすのだという。©guntû
イタリアのTechnogym®製のマシーンを完備したジム。隣のトリートメントルームではエステ「彫刻リンパ®」や整体「然体法」を受けられる(要予約、料金別)。 湯船、水風呂、そしてドライサウナが備わる2階船尾の浴場。サウナはスチームサウナもあり、男女日替わりで入れ替わる。
私はかつて、マイアミ発の大型クルーズ船にも乗船したことがあるが、その際どうしても気になってしまったのが移動時のエンジン音だった。その点、ガンツウは電気推進システムを採用しており、船舶特有の振動はほとんど感じることがない。まるで海面を滑っていくかのような運航で、この滑らかさがガンツウで過ごす時間をより非日常的なものにしているように思う。
静粛性の高い船内のラウンジで季節の和菓子を体験したり、縁側で料理長おすすめの酒と肴(さかな)を味わったり、スパエリアでトリートメントを受けたりしていると、すべての体験が自分本来の感覚を呼び戻してくれるかのように感じられる。まるで止まっているかのようで、しかしふと視線を外にやると、景色は絶え間なく流れてゆく。これがガンツウか……。今まで泊まってきたホテルや旅館、どの体験とも異なる旅をしていると感じる瞬間。初日にもかかわらず、「この旅がいつまでも続けばいいのに」と心から願う自分がいた。
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ダイニングの奥にある6席の鮨カウンター。こちらもオールインクルーシブに含まれ、おまかせを楽しんだあと、好きなネタを好きなだけ握ってくれる。 イシダイやヒラメ、カワハギ、フグなど、瀬戸内ならではの鮨ネタが味わえる。写真はふわりと柔らかい焼きアナゴ。生のアナゴも絶品。
ガンツウでは、食体験も唯一無二だ。いわゆるオールインクルーシブ制ではあるが、「お好きなものを、お好きなだけ」をコンセプトにゲストの要望にできるだけ応えてくれるスタイルは、個々にプライベートシェフが付いてくれる感覚に近い。例えばディナーの前には、イセエビやスズキ、フグ、アワビ、タイラガイ、マゴチなど採れたての海産物をずらりと並べ、刺身や煮付け、ムニエル、天ぷらなど、ゲストが望む調理方法で提供してくれる。旬の一品で「このわた(ナマコの内臓の塩辛)」や「のれそれ(あなごの稚魚)」といった瀬戸内の珍味と出合えるのもこの旅の楽しさだ。
酒飲みであればドリンクメニューにも感激するに違いない。瀬戸内産のクラフトビールや広島県産の日本酒といった地元のお酒に加え、ブルゴーニュやナパバレーの高級ワインも好きなだけ味わうことができる。「本日のシャンパーニュ」だけでも航海中に全8種を用意してあり、ゲストを飽きさせないおもてなしには、ただただ驚くほかなかった。
ちなみに余談だが、船名の「ガンツウ」は備後地方の方言でイシガニを意味しており、このイシガニを出汁に使った味噌汁やカニクリームコロッケなども大変美味なので、乗船される方は忘れずにぜひ注文してみてほしい。
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平安時代末頃から伝わる備前焼。釉薬(うわぐすり)を用いない焼き締めによる焼成(しょうせい)方法を用いるのが特徴で、その素朴な美しさは多くの茶人たちに愛されてきた。 長船刀匠見学の際に購入できる、川島一城刀匠による包丁。自宅に届くのは1〜2年後だが、それでも購入していくファンが絶えない。
さて、そんなガンツウで「ソーシャルグッド」を感じさせてくれるのが船外体験である。航路の途中でテンダーボートに乗って一度離船し、瀬戸内の町々を訪れるもので、私が乗船した「体験航路 せとうちに息づく伝統を体験する 4日間」では、高松盆栽(香川県高松市)と備前焼(岡山県備前市)、日本刀鍛錬(岡山県瀬戸内市)の体験・見学が用意されていた。
全国で少子化や過疎化が進むなか、瀬戸内の伝統文化においても職人や後継者の減少が問題となっているが、ガンツウがゲストを連れて工房を訪れることは、普及や経済面からも大きな支援となっており、文化継承の一端を担っていると言える。もちろんゲストにとっても脈々と受け継がれてきた職人の技術を目の当たりにするのは大変貴重な機会だし、職人から直接購入した工芸品というのは愛着がまるで異なる。実際、ガンツウのリピーターには船外体験を楽しみに再び参加するお客さんも多く、伝統建築が保存される本島(香川県丸亀市)や石積み練塀が残る祝島(山口県熊毛郡)といった魅力的な寄港地が航路ごとに用意されている。なかには知られざる穴場の集落で、かなりアクセスしづらいところもあるが、テンダーボート、そして地元のバスやタクシー会社の送迎を駆使し、瀬戸内の文化を広めようとするその姿勢は、まさにソーシャルグッドだと感じさせられた。
![1050_open_deck_2002_01](http://p.potaufeu.asahi.com/13ec-p/picture/27574214/56ed8f9b4d45643a8356ac32632272c5.jpg)
半円状のバーカウンターは船首側の景色を望む特等席。日本酒、ラム、ローズシロップ、レモン果汁から作るオリジナルカクテル「ガンツウ」はぜひお試しを。©guntû ライトアップされた瀬戸大橋をガンツウがくぐり抜けると、タイミングを計ったかのようにJR瀬戸大橋線の車両が、銀河鉄道999のごとく頭上を駆けていった。
船内外で過ごす時間も、あっという間に終盤。最終日の早朝、名残惜しくなって館内を散策し、3階のオープンデッキへ出てみた。まだほかのゲストはおらず、船も漂泊中のためあたりは静けさに包まれていて、なんと向かいの無人島からウグイスの鳴き声が聴こえてきたではないか。コーヒー片手に無心で聴き入っていると、そっと近づいてきたクルーの方が、「秋には虫の鳴き声も聴こえてくるんですよ」と、地元愛たっぷりに教えてくれた。
世界でここにしかない旅、ガンツウ。だが、幸いなことに、その航路は7〜10種類ある。違う航路を選べば(もしくは季節を変えれば)、懐かしさと新鮮な気持ち、両方をかみ締めながら、きっとまた五感が研ぎ澄まされた感覚を楽しむことができるだろう。
いつか必ずと再訪を誓い、まるで家のように居心地のよかった客室に別れを告げた。そして下船からしばらく経った今、また瀬戸内を漂う日々を夢見るたびに、日々の生活に活力が湧き出てくるのを感じている。夏の青々とした瀬戸内海も見てみたいし、冬の澄んだ空気で眺める夕日も悪くない。そんな妄想ですら楽しくなるのも、ガンツウが実にいい旅だった証拠である。
![1050_hull_tomonoura_2206_14](http://p.potaufeu.asahi.com/9546-p/picture/27574213/ccccf88f29b607f5d8be5f65fbfcdbdb.jpg)
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