週末の過ごし方

現代ミュージカル映画の巨匠
バズ・ラーマンがレッドシー国際映画祭の審査員に。
――変動する社会のエナジーを感じる。

2023.12.26

現代ミュージカル映画の巨匠<br>バズ・ラーマンがレッドシー国際映画祭の審査員に。<br>――変動する社会のエナジーを感じる。
バズ・ラーマン ©Red Sea International Film Festival

サッカーにテニス、ゴルフにフォーミュラ1まで、スポーツ界への多額な出資が世界的に話題となっているサウジアラビア。人権問題などにまつわる否定的なイメージをスポーツで一掃しているのではという見方もあるが、出資はスポーツだけにとどまらない。2016年、サウジアラビア政府は『サウジ・ビジョン2030』という政策を打ち出し、財政収入の多くを原油や天然ガスに頼る国家を、経済的、社会的、文化的な面で多様性を図り、石油収入のみに依存しない国家へと移行する意向を明確に示した。そうした政策を着実に実践しているわけである。

2019年に発足された(開催は2021年より)のが、紅海に面した第二の都市、ジッダで行われるレッドシー国際映画祭だ。アラブ諸国、アフリカ、アジアを中心とした地域の才能発掘や、新世界の視点に立った物語を映し出す作品を世界に向けて発信していくという方針。他方では世界の映画をサウジ国民に提供している。5年前までは映画館で映画を見ることさえ禁止されていた国が、今や自国の映画産業を立ち上げ、世界中からマスコミやゲストを迎え積極的に映画産業に乗り込む姿勢には驚きさえ感じる。今年はジョニー・デップやクリス・ヘムズワース、ニコラス・ケイジなどのゲストもジッダに入り、着々と映画祭としての基盤を固めつつある。

そして本年度のコンペの審査員長を務めたのが、バズ・ラーマンだ。

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バズ・ラーマン(左)とクリス・ヘムズワース(右) ©Red Sea International Film Festival

「子どものころ『アラビアのロレンス』を見て、中近東にとても興味をそそられた。半年前に初めてこの地を訪れたとき、開眼させられた。以前は多くの外国人同様、僕も外側からサウジアラビアという国を見て多くの人が思い描いているようなイメージを抱いていたが、実際に来てみて驚かされることばかりだった。人口の70%が30歳未満、映画監督もみんな若くて女性も多い。社会も常に変化しつづけていて、映画を製作しても完成するころには内容が時世からずれているという現象さえ起こる。急速に変化する社会のエナジーを体感している。若い監督たちの未来を作っていきたいという意気込みを感じるんだ」 

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映画祭の審査員たち ©Red Sea International Film Festival

『ロミオ+ジュリエット』(1996年)、『ムーラン・ルージュ』(2008年)、『華麗なるギャツビー』(2013年)、『エルヴィス』(2022年)と、若者にとっては古風とされるミュージカル映画を、斬新かつモダンで、誰にもまねできない個性的な作風に仕立て、次々と名作映画を世に送り出してきたラーマン監督。61歳とは思えないエネルギーを感じさせるアクティブなクリエイターとして、現在も映画づくりの最前線を走りつづける。

「この国では30年前には映画を見ることができなかった。5年前にようやく映画を見に行くことができるようになった(2018年4月に初めて映画館が開館するまでは自宅のみで映画鑑賞が可能だった。現在は15都市40カ所に映画館が開館)。サウジアラビアという国について語るとき、われわれは外国から見たサウジアラビアについて語りがちだが、ここ数日でさまざまな層の観客と共に、さまざまな映画を見た。それらの映画がいかにして製作され、どんなテーマを扱っているのかを多くの人に知ってもらったうえで、サウジアラビアについて語るべきではないだろうか。審査員として毎日4本の映画を見ているが、本当に満たされた気持ちになる。女性の権利の問題を含めた多様な問題をテーマにしつつ、それらをシンプルだが効果的に表現することができるのだ、と気づかされた。映画は政治的な問題ですら物語として血の通った表現にしてくれる。このような形で世界の中でもこの地域、環境から映画人口を広げていくということが意味のあることだと確信している。若い世代と映画によってつながることができるんだ。いま世界は政治権力で大半が支配されていて、暴力的な解決策で世界が動いていると感じる。映画という媒体を通して物語を語ることは、人間的な声を使って世界を動かす解決策だと思う」と映画や文化が、アラブ諸国と諸外国との橋渡しになる可能性について語る。

監督としては、ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマン主演の『オーストラリア』(2008年)を6部のミニシリーズに再編集した『ファラウェイ・ダウンズ』が、11月末にストリーミング公開された。この作品は、第二次世界大戦直前のオーストラリアを背景に、アボリジニ原住民の弾圧といった社会問題をドラマに織り込んでいる。

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『ファラウェイ・ダウンズ』
ディズニープラス「スター」にて独占配信中
© 2023 Disney and its related entities

「ストリーミングという媒体を活用できる機会をもらって、『オーストラリア』をより壮大な形に作り直すことができた。形式的にはメロドラマの形をとっているが、テーマは先住民族の子どもが軸、盗まれた世代についてだ。これは強制的に両親のもとから切り離され収容所に収容された原住民の子どもたちの物語なんだ。オーストラリア人以外の人には、あの問題がオーストラリアという国の歴史にいかに傷跡を残したかを理解することが難しい。また国としてこの責任に対処できていないと思う。『ファラウェイ・ダウンズ』では、それをより深く追及したかった。『オーストラリア』を製作したときも、先住民族の映画監督がいたが、うれしいことに現在は映画だけでなく、多くの分野で先住民族が活躍できる環境が実現している。『ファラウェイ~』では先住民族のポップスターの音楽を使用し、グラフィックアーストも起用した。しかしオーストラリアはこの問題はまだ十分に向き合えていないと思う」

最後にサウジアラビアという地で具体的に製作を考えている作品などあるのか聞いてみた。

「興味はあるが今のところ具体的には考えていない。これまでの作品で、オーストラリア以外の国で制作した映画はメキシコで撮影した『ロミオ+ジュリエット』の1本だけだ。もし僕がここで撮影をするとしたら、核になるスタッフを連れて来て、地元の映画関係者、クリエイターやスタッフとコラボすることになるだろうね。サウジアラビアもオーストラリアのような小国であるという点も興味深い。最近非常に素晴らしい大規模な撮影所が完成したし、撮影に対する融資のための免税政策などにも本格的に取り組んでいるようだ。例えば数年前まではサウジの女性監督は車の中から監督し、撮影しなければならかなった。そんな苦難を乗り越えながらも若い女性監督が多く活躍するようになっている。僕はその何人かに実際に会ったが、この国の映画界を女性監督がけん引しているのは素晴らしいことだ。それは彼女たちが波を起こしてきたからだと感じているよ」

Interview & Text:Yuko Takano

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