週末の過ごし方
その後の坂本龍一
【センスの因数分解】
2024.01.30
ある雨の日、109シネマズプレミアム新宿で『Ryuichi Sakamoto:Playing the Piano 2022+』を観たときのことです。ラストに流れた『Merry Christmas Mr. Lawrence』の前奏とともに、暗闇で涙する人の気配がありました。
3月28日に逝去した音楽家・坂本龍一。先に触れた映画館の音響監修は彼によるものですが、坂本龍一の死がこたえているという人を、知人だけでなく、見ず知らずの人から伝えられることが幾度となくありました。
6月に出版された『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』は、自身に残された時間を悟り、語られた半生が綴つづられています。坂本は生前、この世から去った後にも発信される作品や活動を組み立てていたのだといいます。それは映画館や本をはじめとし、実に多岐にわたっており、そこからさらなる発展を遂げてもいます。
『坂本龍一と神宮外苑を心配する』は、神宮外苑の再開発により、約100年かけて育まれた森の景色が失われてしまうことに対して、坂本が森と共存する形での開発再考を提案したことに端を発するプロジェクトです。「次世代に美しいバトンを渡したい、そのためにできること」を共に考えていこうと、細野晴臣や大宮エリー、ラグビー元日本代表の平尾 剛をはじめさまざまな心配の声が寄せられています。
さらには友人や家族の「坂本を愛する人たちが1本ずつ木を植えたらどうだろうか?」という言葉のシンクロから、『TREES FOR SAKAMOTO』という植樹のためのドネーションプラットフォームが生まれました。これらは、最後まで、この世の疑問に素直に声を発した世界的音楽家の遺志を継ぐことと通じており、しかも誰もが参画できるプロジェクトです。
『ぼくはあと何回〜』のあとがきには、坂本の友人であり、本書の聞き役でもあった編集者の鈴木正文が、このような言葉を書いています。“坂本さんは、ことばなきもの、ことばを持ち得ぬものの言葉だった。(中略)モノいわぬモノに耳をかたむけて、モノをいわせる人だった”と。そしてその彼はすでにいないと続けた後、“ならば、僕たちが「坂本さん」になろう”と、読者に投げかけるのです。
その後の坂本龍一には、彼が歩み、彼が信じてきたことがより凝縮して発せられているように感じます。そして私たちが「坂本さんになる」ことで、彼の人生は、これからも続いていくのではないでしょうか。