お酒
価値あるものに必要なこととは?
シャンパーニュメゾンと世界的アーティストによる
「ミュージックペアリング」というラグジュアリー
2024.04.11
ランキング1位である、大変高価である、何年前のものである、特級の原料が使用されている……、価値の高さを最も端的に最もわかりやすく表現する術は、数字であるかもしれません。しかし数字が価値の高さに最も必要なのか、という問いには疑問を持つ人も少なくないと思います。では価値あるものにとって最も大事なこととは、一体何なのでしょう?
プレステージ シャンパーニュメゾンとして多くのファンを持つクリュッグ。オリヴィエ・クリュッグ現当主は、メゾンの仕事に就いて間もない頃、先代である父からシャンパーニュづくりにおける匠の技について、音楽に例えて説明を受けたといいます。力強いバイオリンのメロディは鍵とはなるかもしれないが、それだけではいけない。そこに柔らかなフルートやホルンの音色が加わることで、得も言われぬハーモニーが生まれ、それこそがシャンパーニュにも大切であるというようにです。
100を超えるワインを原料とし、アッサンブラージュという比類なき製法でシャンパーニュを生み出しているメゾンを端的に表しているエピソードといえるでしょう。さらに今、メゾンはその美しい個性を発端とし、美しい音楽たちまでをも誕生させているのです。
2013年よりクリュッグは、「KRUG ✕ MUSIC」として国際的アーティスト達とともにオリジナルの音楽を発表。2022年には坂本龍一が『Suite for Krug in 2008』を手掛けています。今回、2011年のブドウから造られた二種類のキュヴェからインスパイアされた楽曲を、世界中から選ばれた5名のアーティストが制作。プロジェクトメンバーには、坂本龍一と親交があったDJで作曲家の沖野修也も名を連ねています。
サウンドブランディングという名で、かねてよりレーベルや施設、空間などラグジュアリーコンテンツのコンセプトを表現した音楽を生み出してきた沖野。その中でも今回のオファーは、彼にとって特別なものとなったようです。
「クリュッグのメゾンでの体験やそのときの感覚を音楽にする、という今回の経験は坂本さん(の音楽が発表された’22年のレセプションパーティへの出席)から始まりました。メゾンに実際に伺い、畑でクリュッグのテイスティングもしました。そういう経験から感じた多重的レイヤーをどう音楽で表現していこうか、自分自身大変楽しみでありました。作曲は翌日よりスタートさせたのですが、今回初めてストリングスを使ったアレンジメントをしました。僕は音楽教育を受けてこの世界に入ったわけではないので、弦楽器の曲作りは大変なチャレンジでもありました」
沖野はクリュッグで得た体験と対峙し、生み出されたその音楽を「デュアリティ」と「センセーション」という2つの単語で表しています。初体験であったというストリングスの起用によるエレガントな曲調と、彼の真骨頂と言えるベースやドラムから繰り広げられる重低音のリズムは、他のどこにもない強力な個性と口に含んだ際の芳醇な香りや徐々に変化していくラストノートといったクリュッグの複雑な味わいを見事に表現しています。それと同時に、沖野修也という音楽家のキャラクターを聴く者にしっかりと伝えています。「坂本さんの曲を聴き込んでここにたどり着きましたが、いかに坂本さんから離れるかも念頭においていました」。沖野は、クリュッグという唯一無二のプレステージ シャンパーニュとの邂逅によって、さらには坂本龍一という交流があった尊敬すべき音楽家の作品を経て、彼だからこそ見いだせた境地にたどり着いたのです。
数字は物事の価値を誰にでもわかりやすく、そして端的に伝える術であり、数字での表現は説明や分析には必要不可欠でしょう。しかし、ラグジュアリーブランドでの体験とは、数字では測れないこと、説明しきれないことにこそ、その真髄が隠されています。音楽という、決して数字では表現しきれない存在との親和性をうたうシャンパーニュメゾン、クリュッグは、それを熟知しているのかもしれません。そして沖野修也は、そんなメゾンからのオファーをブランドと自身の個性とともに、表現してみせたのでした。