お酒
今宵(こよい)、男と女はバーにいる。【後編】
―岸谷五朗が綴(つづ)る、男と女の物語―
2024.04.12
俳優・岸谷五朗が綴る小説に、そこからインスパイアされたビジュアルストーリーを添えるシリーズ企画。上質な「時」が静かに流れるバーで、大人の男と女は……。
大切な時を刻むバー。
作・岸谷五朗
社長が更迭された。業績悪化に伴い、大きな改革が社内にWaveを起こす。女の「ラッキー」で勝ち得た社長秘書の居場所は当然なくなった。人はこんなにも簡単に離れていくモノなのだと、わかってはいたが冷酷な現実はある程度の衝撃を与えた。抜け殻のようになっていた日々から一年半……。そう言えば、あのBARに行っていない。
より大きく飛躍する人間と、実は今までがピークであり、徐々に隅に追いやられていく人間と、ある時期から会社人間は判断される。これだけの貢献をしてきたにもかかわらず、どうやら男は後者であったようだ。信じられぬが新しい若い力にジリジリ追い詰められ、会社はそこを見逃さず抜擢という昇進をさせてゆく。呼吸の仕方も忘れていた自分が、今は既に懐かしい。そう言えば、あのBARに行っていない。
久々に訪れた「止まった時をくれるBAR」。入店して立ち竦(すく)んだ。この店にはこんなに「鮮やかな色」があった!縋(すがり)り付くようにカウンターのハイチェアーに座っていたあの頃は、まったく気付かなかった、気付けなかった、様々な鮮やかな酒瓶が織りなす色彩美豊かな色。
ふと、その色に照らされて、カウンター前に佇(たたず)むもう一つの影に気付く。同じように何かにときめく放心状態の影。目が合う男と女。……時間が止まった。
どちらともなく、カウンターに座る二人。いつもの酒が、渓流のせせらぎのように時を越えて置かれた。何故だろう……、ひと言も言葉を交わすことなく、男と女の手が瞳と共にゆっくりと重なる。時の秒針が「カチッ」と動き出した。酒瓶に照らされ、静かに煌(きら)めく二人。モノクロの一人時間は葬られ、本当に必要であった二人時間が、人生を色彩豊かに彩り始めた。
ここは「大切な時を刻むBAR」となった。
岸谷五朗(きしたに・ごろう)
東京都出身。1983年、大学在学中に劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団、舞台を中心に活動をスタート。94年に寺脇康文とともに演劇ユニット「地球ゴージャス」を結成、すべての作品で演出を手がけるほか、ほとんどの作品で脚本も執筆、累計120万人の観客動員を超え、テレビ・映画でも多彩な活躍を見せる。4月には待望の新作『儚き光のラプソディ』の公演が控える。
男性:スーツ¥242,000/ラルディーニ、シャツ¥27,500/ジャンネット(ともにトヨダトレーディング プレスルーム 03-5350-5567)、その他はスタイリスト私物
女性:ジャケット¥69,300/チルコロ 1901、ブラウス¥40,700、パンツ¥56,100/ともにアスペジ(すべてトヨダトレーディング プレスルーム 03-5350-5567)、その他はスタイリスト私物
歴史を受け継ぎ未来へ。老舗バーの温故知新
温かな照明と落ち着いた内装、節度あるバーテンダーの所作など、「これぞ正統派」と呼びたくなる名店。創業から60年にわたって愛されたオーキッドバーも、2019年のオークラ東京開業に合わせてリニューアルされた。以前のソファやテーブルをメインテナンスの上で再利用したほか、火山灰に埋もれていた神代ニレの一枚板を使ったカウンターなど、新たなエイジングを重ねることで、重厚感とともに心地よさも深みが増している。
ウイスキーの充実ぶりに定評があるが、カクテルもおすすめ。コーヒー豆を漬け込んだ自家製シロップが隠し味のエスプレッソマティーニ、コンソメとウオッカを合わせたブルショットなど、多くの通を唸らせてきた熟練の技が生み出す滋味を堪能してみたい。
オーキッドバー
東京都港区虎ノ門2-10-4
オークラ東京
オークラ プレステージタワー5階
TEL/03-3505-6076(直通)
営業時間/15:00~24:00
https://theokuratokyo.jp/dining/list/orchidbar/
取材協力/オークラ東京
Photograph: Yuji Kawata(Riverta Inc)
Styling: Eiji Ishikawa(TABLE ROCK.STUDIO)
Hair & Make-up: Taichi Nagase(VANITES), Maki Tokuji