特別インタビュー
エルメス財団が注力する、
より良い未来への布石とは?
2024.04.22
エルメス財団は、エルメスを母体にした非営利団体として2008年に設立されて以来、フランスを中心に日本でも精力的に職人技術の継承やアーティストの制作支援を行なっている。企業が行う文化芸術支援であるメセナ活動は数多いが、エルメス財団として大事にしていることは? なぜ、このような活動を15年にもわたり続けてきているのか? 来日したエルメス財団のディレクター、ローラン・ペジョー(Laurent Pejoux)氏に聞いた。その答えは――? すべての人がより良い未来につながる「仕事」を行う上で欠かせない精神がそこにあった。
ローランさんにお伺いします。
エルメス財団がスタートしてから15年。どのような成果がありましたか?
財団の活動は、〈創造〉〈継承〉〈連帯〉〈保護〉という4つの分野で成果を上げています。日本ではエルメス財団キュレーターの説田礼子さんのもとに〈創造〉と〈継承〉の2つの柱、ギャラリーでのアーティストとともに作り上げる現代美術の展覧会の開催や、中高生の方を中心に参加していただき自然素材にまつわるスキル(職人技術や手わざ)を広げる「スキルアカデミー」の活動が大きく発展しています。
エルメス財団として大事にされていることを教えていただけますか?
エルメスは「職人の技」が土台ですから、エルメス財団も「実践する」ことが存在意義です。私たちは社内外の各分野のパートナーの方たちとともに力を合わせて実践しています。
銀座メゾンエルメス フォーラムで開催中の『エコロジー:循環をめぐるダイアローグ』展では、森美術館さんや東京日仏学院さんの展示とも連携をして、アートにおけるエコロジーの実践を問う対話を循環させる試みになっています。職人やアーティストのスキルの継承や、生物多様性の保護に対する問いかけに開かれていくという21世紀的なアートのあり方がここにあると思います。
印象に残っている日本のプログラムを1つ教えてください。
崔在銀(チェ・ジェウン)さんの展示はとても印象的でした。リスクを恐れない展示だったと思います。例えば約6トンの白化した死サンゴを沖縄県からお借りして展示することで、珊瑚礁が危機に瀕しており、人間が十分に生態系を保全できていないことを描き出しました。展覧会がオーディエンスに対して問いを投げかけているのです。エルメスにとって重要な精神とは、あらゆる方向から眼差しを向けることです。
日本は素材の声を聞いてもの作りを行う職人の文化がありますが、現代社会では途絶えつつあります。普段アートや教育に関わりのない仕事をしている私たちが、このスキルを継承していくことにどのように関われるでしょうか?
読者の皆さまと共有したい2つの考えがあります。
1つめは「耳を傾ける」ということです。他者の声に耳を傾けること抜きには寛容ではいられないと思います。
2つめは「時間」です。常に急かされる社会の中で、私達はすぐに正確な答えを出さなければいけないと追い立てられています。しかし、時間に時間を与えようではありませんか。
エルメスは、19世紀の初頭から時間をかけてもの作りをしてきたメゾンです。オブジェを作り、修理をする。チャレンジして、間違いを犯し、やり直す。それを繰り返すことなしに、より良いものを作ることはできません。長い時間の感覚の中で仕事をしようではありませんか。その素晴らしさをぜひ皆さんとともに共有したいです。
プロフィール
ローラン·ペジョー(Laurent Pejoux)
1977年生まれ。2006年~2012年パリ国立オペラで教育プログラム「Ten months of School and Opera」の共同ディレクターを務める。2018年パリ教育委員会アート&カルチャー部門代表に就任。2020年エルメス財団の副ディレクターを経て、2021年ディレクターに就任する。
エルメス財団主催 エコロジー:循環をめぐるダイアローグ<ダイアローグ 2「つかの間の停泊者」>
会期/2024年2月16日(金)~5月31日(金)
会場/銀座メゾンエルメス フォーラム 8・9階
開館時間/11:00~19:00(入場は閉館の30分前まで※ギャラリーは基本、銀座店の営業に準ずる。
料金/無料
Text: Sayaka Umezawa (KAFUN INC)
Photograph:Hiroyuki Matsuzaki(INTO THE LIGHT)