特別インタビュー
隠れ家から生まれる、
クラシックモダンなスーツスタイル。
2024.07.05
大手アパレルメーカーを昨年退社し、独立を果たしたひとりのクリエイティブディレクターがブランドを立ち上げた。それだけなら、ごくありふれた業界の話題だが、コレクションは2型のスーツのみ。しかも個別に採寸し仕立て上げる形式でありながら、「オーダースーツではない」と彼は言う。
密かにローンチされた「JHHZZY(ジャージー)」というブランドと、それを扱うストア「THE HIDEOUT」が描くのは、こだわりが詰まった不良な大人のための完璧なるスーツスタイルだった。
江戸から明治、大正と呉服屋や問屋が軒を連ねた東京の京橋。いまはオフィス街となってしまったこの町に、今年5月末、一軒の「洋服屋」が店を開けた。店の名は「THE HIDEOUT」。「隠れ家」というその名のとおり、1階に老舗の箒(ほうき)屋が入る雑居ビルの最上階にある。エレベーターを降りてから、さらに非常階段を上がってたどり着く、完全予約制のストアである。
店にあったのはスリーピースとダブルのスーツの2型。そして4型のシャツ。ネクタイとチーフも数枚だけ置かれている。その場で購入して持ち帰ることはできない。着る人に最もふさわしいフィッティングを考慮したうえでの採寸を受けて発注する。納期は秋以降になるという。
スーツの内タグには、店の名と異なる「JHHZZY」というブランド名がつけられている。ここは厳選されたアイテムとスタイルを、理解してくれる人と共有したいというクリエイティブディレクター・大圃祐二(おおはた・ゆうじ)の思いをカタチにした場所だった。
「採寸してオーダーいただいて、納品までは2カ月ほどいただいています。生地は僕が選んだなかからお選びいただけますが、ディテールなどの変更は承っておりません」
提供するのはオプションのない完璧なスタイル
広めの肩幅とワイドラペル。全体的な表情のバランスは重心をやや下位置に置いているため、どこか懐かしい印象が漂う。シングルジャケットには襟付きのベスト。ポケットはフラップレス両玉縁だ。パンツはベルトレスの2プリーツでサイドアジャスターになっている。シャツはロングポイント、ラウンド&ピンホール、ワイドカラーにバンドカラーのイカ胸から選ぶことになる。先のスーツに合わせることを前提に、ネクタイやチーフと共に選ばれたものだ。仕様やデザインの変更、オプションは一切ない。
「オプションを用意していないのは、これが僕が考え抜いた最良のスタイルだから。スーツをトータルで、最もカッコいいスタイルを追求した結果ですので、オンオフで着まわすことも考えていません。着くずさず、隙無く着てほしいと思っています。ファーストシーズンの生地はグレーを中心に、ブラウン、ネイビー系をいくつかそろえていますが、来シーズンはもう少し減らしてもいいと思っています」
なるほど、ここはオーダーテーラーなのですねと尋ねると、大圃は少し考えてから首を横に振った。
「テーラーを始めたつもりはないんです。Made To Measure Clothingと呼んでいるのですが、僕が考える、自分が着たいと思えるスーツに共感できる人たちと共有できる場所とでも言えるでしょうか。あえて店の名をブランド名にしていないのも、そういった理由からなのです」
確かに形のうえではテーラーと同じだが、オプションを用意しておらず、客の要望どおりにデザインを引くテーラーとは一線を画している。既製服のパターンオーダーのように展開する個別対応のリテールと言っていいだろう。そのスタイルルーツは、往年のジャズマンに由来している。
「50年代から60年代のジャズクラブで演奏していたジャズマンのスタイルが、僕にとってのクラシック。そこへ現代的な要素を入れたくて。ヒップホップにジャズのエッセンスをサンプリングした“ジャジーヒップホップ”という音楽のジャンルがあるのですが、僕の服を例えるならジャズというクラシックにヒップホップというモダンをミックスするような、そんなイメージが近いかもしれません」
都会の片隅に現代のギャングスーツを
「自分にとってのクラシックはジャズ」と大圃は言う。映画や音楽からも影響を受けているという理想のスーツとは、品行方正なビジネススタイルよりも、アンダーステートメントな都会の大人の遊び着だった。イギリスともイタリアとも異なり、甘さを抑えた不良っぽいニュアンスを内面に秘め、レジスタンスのように静かにたたずんでいる。仕立ては極上なのに、前ボタンを掛けずにあえて開けたままはおる着方がJHHZZY流だと笑った。
「僕自身、強く影響を受けたのはサヴィル・ロウやミラノやナポリではなかったし、ピッティも経験したけれど、人々の華美なドレスアップにどこかなじめない自分がいました。僕の好きな映画や音楽、写真集から得られるインスピレーションを、どうやって現代によみがえらせるかが唯一のテーマだったのです」
そう言いながら大圃は、カフェテーブルの上にあった写真集『CITY OF SHADOWS』を開いている。2005年、オーストラリアのシドニーの犯罪博物館で開かれた20世紀前半の犯罪者たちの証拠写真展は、地元出身の推理作家ピーター・ドイルがキュレーションしたエキシビション。華やかな都市の裏側で不敵にはびこるギャングたちがまとうグレーフランネルのスーツが、JHHZZYのスーツと呼応した。
ふと見ると、大圃はまだなにかたくらんでいるような表情を浮かべている。これまでとは異なる新しいスーツの時代と、セレクトともテーラーとも違う、新たなコンセプトストアの未来を見ようとしているのだろうか。
都会の片隅に、こんなにもクールなまだ誰も知らないスーツを扱う店があることを、誰にも知られたくないようでもあり、多くの人に知ってほしいような気も。この小さな場所は、無限の可能性を秘めている。
問/JHHZZY
Photograph:Hiroyuki Matsuzaki (INTO THE LIGHT)
Text:Yasuyuki Ikeda