週末の過ごし方

自然の姿とはなにか。黒と白の世界から投げる問い。
「土を継ぐ-Echoes from the Soil」吉田多麻希

2025.05.02

自然の姿とはなにか。黒と白の世界から投げる問い。<br>「土を継ぐ-Echoes from the Soil」吉田多麻希
自然光が入り込む白の空間には、最終日に出合ったという野生のアカシカの姿が迫力ある連写で展示。スローモーションを見ているような気分になる。

桜の花びらが舞い散るころから新緑まで。春から初夏へと移りゆく京都は、写真の季節でもある。KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭は、名刹古刹から美術館、そして町家に商店街など京都の街を舞台にした国内では数少ない国際写真祭である。2013年の開催以来、回を追うごとに注目度は上がり、古都を代表するアートイベントとなっている。『HUMANITY』というテーマが据えられた今年は、10の国と地域、14組のアーティストによる多様な展示が展開されている。

世界最古のシャンパーニュメゾンであるルイナールは、2016年よりKYOTOGRAPHIEをサポートしている。今回は安藤忠雄建築である『TIME’S』に、吉田多麻希氏(吉田さんの「吉」は、正しくはつちよしです)の『土を継ぐ―Echoes from the Soil』と名づけられた展覧会を開催。

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安藤忠雄建築のTIME‘Sは現在立ち入ることができないが、会期中は特別に展示会場として開放。

吉田氏はルイナールの招きにより昨秋フランスのシャンパーニュ地方を訪れ、10日ほど滞在した体験から今回の作品を制作している。畑やカーヴなどシャンパーニュ造りの現場だけでなく、近くの森にも足を延ばしたという。

「昨年の秋の訪問でいちばん印象に残っているのは、かの地の土壌です。日本ではほとんど見られない石灰岩で構成されていますが、それは太古からの営みの蓄積によって生まれます。そしてその土壌がシャンパーニュの原料となるぶどうを育むわけですから、この土の歴史がシャンパーニュをるともいえます。
シャンパーニュ地方では、除草剤を用いないことや、ぶどう以外の作物を植えて畑を自然に近い姿にすることなど、迫る気候変動に負けない強いぶどうづくりへの取り組みが、ルイナールをはじめ地域を挙げて行われていました」

未来のぶどうづくりもこの個性豊かな土壌が鍵となっていく……、そう感じた吉田氏は、テーマを「土」に据えた。なかでも最も印象的だったのが、ルイナールの畑の不思議な色合いだったという。

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吉田多麻希(Tamaki Yoshida)
コマーシャルフォトグラファーとして活躍する傍ら、自然と人との関係を見つめる作品を意欲的に発表。生活排水による環境問題や野生動物の事故などをテーマに、予定調和的に固まった思考に一石を投じる。『Ruinart Japan Award 2024』を受賞し、ルイナールのアート・レジデンシー・プログラムに参加し制作した作品を『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025』にて発表。

「なぜか土がカラフルだったんです。よく見ると土の中に細かいプラスチック片やファブリックが混在していました。どうしてだろうと尋ねたら、1970年代に法整備が行われるまで、ゴミは土に埋められていたんだそうです。その様も印象的でしたが、混在するゴミを除去するのではなく、それも含めて土壌改良を続けていたことにとても驚きました」

ぶどう畑にとって負の要素と捉えられそうなプラスチックや布の破片。それを排除するのではなく、それまでも取り込んで豊かで強い土壌を作り上げようという考えは、そのまま吉田氏の創作と呼応していった。

「今回はふたつの世界観で表現しています。ひとつは黒の世界にシャンパーニュの土の作品、もう一方は白の世界に森で出合った野生動物の作品を展示しています。土の写真はプリントしたあと、シャンパーニュの地中に埋めています。それにより生まれた変化もそのままにしています。対する白の世界のアカシカとイノシシの親子の写真は、和紙にプリントしたあと、シャンパーニュで拾ってきた土の中のゴミを粉砕し、原料と混ぜて作った和紙を上から漉いています。よく見ると、細かいゴミが混在しているのがわかると思います」

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土を撮影した銀塩写真を今度は土の中に埋め、変化した様も作品として取り込む。現地で知り合った猟師と連絡を取りながら指示を出していったという。

暗い黒のスペースでは褪色した土の写真がグランドレベルなどに置かれ、これから土になっていくだろうモノが混在した姿を生々しく感じられる。続いて自然光に包まれた空間へと抜けると、まずすっくと立つアカシカと目が合うだろう。しかしそれは野生動物の、自然の、神秘の姿という言葉だけでは言い表せない。かすみがかかったように覆う表面の薄い和紙に目を凝らしてみたら、作品の表面に点在する細かい異物が認められるだろう。それらが見る者に少しの違和感をもたらす。しかしそれこそが、シャンパーニュの土の姿なのだ。

「物事を美化したものに捉えるだけで終わりたくない、といつも思っています。今、ここにある真実を(写真に)取り込む。作品においてはそれをいつも意識しています。ルイナールのメゾンを訪れた今回も、その思いは強くありました」

だからこそ、不要物のように感じられるものたちが混在する土の中に作品を埋め、さらにはそれまでも取り込んで加工をし展示する。まるで厳しくなる気候に負けないぶどうづくりのために、シャンパーニュが尽力するゴミも取り込むという強かな土壌づくりのようにだ。

自然とは不純なものの存在しない美しい世界と、人はつい思いがちだ。しかしそれは自然を別格の存在として美化しているともいえる。吉田多麻希の作品は、決してそんな一方的礼賛をせず、ありのままを捉えて作品の姿へと昇華させ私たちに訴えてくる。美や芸術性だけでなく、社会的な意味もはらんだ黒と白との世界に展示された作品たちは「自然とは、人との関係とは」という大きなテーマもはらんでいるのだった。

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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2025
2025412日〜511日(日)
https://www.kyotographie.jp/

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