週末の過ごし方

3年に1度! 世界が注目する
瀬戸内国際芸術祭がやって来る
【センスの因数分解】

2025.06.18

3年に1度! 世界が注目する<br>瀬戸内国際芸術祭がやって来る<br>【センスの因数分解】
年々注目度が高まる瀬戸芸。協賛企業は地元のみならず首都圏やグッチジャパンといった外資系企業も名を連ねる。高松港からフェリーで約40分の男木島(おぎじま)は初回から会場に。埠頭にある山口啓介作品『歩く方舟』はフェリーでのアプローチでも見え、こういう現代アートの楽しみも瀬戸芸のユニークネスだ。Photo Kimito Takahashi

“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。

「アートで町や地域を盛り上げる」。そんな試みは全国で多く散見します。2000年代に入って活発になった動きですが、ストップしてしまったケースも少なくありません。一方で、想像を超えた相乗効果を生むケースもあります。

日本だけでなく世界中から多くの人がやって来る、3年に1度の現代アートの大祭典『瀬戸内国際芸術祭2025』(以下瀬戸芸)が、パンデミックで制限のあった前回を経て、6年ぶりに世界へ門戸を開きます。

瀬戸内芸術祭02
ブラジル出身の現代美術家と世界的建築家がコラボレートした大岩オスカール+坂 茂の『男木島パビリオン』。勾配の急な島の丘の上に位置し、窓からは港を一望できる。描かれた絵は男木島の海の生き物がモチーフ。Photo Keizo Kioku
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急な坂の両脇に立つ民家のところどころには、眞壁陸二の『男木島 路地壁画プロジェクト wallalley』が展開する。この壁画は、今では男木島を象徴する景色のひとつである。Photo Osamu Nakamura

高松港をハブとし、瀬戸内海に浮かぶ島々などが会場となる瀬戸芸は10年にスタートし、今回が6回目。知名度、開催面積、経済効果など数字のうえでも国内最大規模であり、アートだけでなく地域振興、インバウンド、観光、人材育成などさまざまな観点での成功例として挙げられます。なぜ、これほどまでに瀬戸芸が多くの人を引き付け、多岐にわたる効果を生み出していったのでしょうか。

「瀬戸芸が持っている個性や特徴自体が、成功の要因と言えるかもしれません」と話すのは、瀬戸内国際芸術祭実行委員会事務局の今瀧哲之主幹です。香川県の県庁職員であり、第1回の実行委員会の一員として立ち上げに参画した瀬戸芸の変遷を最もよく知る人物のひとりです。

「まず第一にアートの質の高さ、そして現地へ頻繁に足を運ぶことで作品が地域と融和していること、また地元の人たちへの積極的な参加の働きかけなどが挙げられると思います。前者がまず来場のきっかけとなり、そして後者ふたつが島の人々と来場者の交流につながります。そこからアートを通じた新しいコミュニケーションが生まれ、リピートの起因ともなっています」

7島と1港でスタートした会場は今回17エリアと約倍にまで増加。このような大きな催しでは、官民を超えてそれぞれの役割が健全に機能することが必須です。課題がないわけではないと事務局は話しますが、それでもこれほどまでにうまくいっているのは、舞台で言えば演者(アート)と裏方である運営(事務局)、さらにはサポーターなどとの良好な関係が、来場者という観客に伝わっているからでしょう。

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瀬戸芸の縁の下の力持ち・ボランティアの「こえび隊」の朝礼風景。彼らの瀬戸芸での活動をまとめた書籍『こえび隊、跳ねる!』が3月に発売。Photo Shintaro Miyawaki

「アートや運営だけでなく、“こえび隊”と呼んでいるボランティアの方々が、開催前の09年より瀬戸芸を支えてくれています。海外からも参加者が来日しているほどで、今まで45000を超える人が瀬戸芸を通してアートと人をつなげました。そして忘れてはならないのが、これは現代アートの展覧会ではなく〝祭り〟であるということです。アートになじみのない人たちでも楽しめるのが、展覧会とは異なる点と言えると思います」(今瀧主幹)

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福武書店(当時)と直島の最初の出合いとなる『直島国際キャンプ場』(89年)を経て、美術館と宿泊施設が一体となった『ベネッセハウス』が92年に竣工。Photo Tadasu Yamamoto
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直島には『ベネッセハウス』や『地中美術館』などの多くの安藤忠雄建築があるが、今年5月31日に10番目のアート施設となる『直島新美術館』が誕生する。ⒸTadao Ando Architect & Associates

そんな瀬戸芸の歩みをたどる際、発端にあるのはベネッセアートサイト直島(以下直島)の存在です。生みの親である福武財団名誉理事長の福武總一郎は80年代より計画をスタートさせました。1992年に安藤忠雄建築によるベネッセハウスがオープン。以来、「家プロジェクト」や美術館など、現代アートをキーワードにしたプロジェクトが年々数を増やしているのは、多くの人が知るところでしょう。福武氏は瀬戸芸の総合プロデューサーも務めます。

「福武にとって直島の活動の根幹にあるのは憤りでした。かつては素晴らしい財産を持っていた瀬戸内が、産業成長の負の部分を押し付けられていると感じていました。瀬戸内の素晴らしさを取り戻したいと思った際、現代アートの力を借りることにしたのです」。そう語るのは、福武財団の笠原良二事務局長。福武氏と共に30年以上、直島が現代アートに彩られながら変化を遂げるさまを、現場で見届けてきました。

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『ベネッセハウス ミュージアム』内にある『杉本博司“タイム・エクスポーズド”』は、杉本博司の『海景』が並び、作品内の水平線が島の向こうに望む水平線と一体のように並んで見える。Photo Shigeo Anzai
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『地中美術館』(Photo FUJITSUKAMitsumasa)は直島の美しい風景に建物が寄り添うように在ってほしいという安藤氏の思いが。
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地中美術館を作るきっかけとなった作品が展示されている『クロード・モネ室』(Photo Naoya Hatakeyama)もある。

「ユニークなのは、ここにはマスタープランが存在しなかったという点ではないでしょうか。局面局面で、自分たちができる最高のものをベストな形で(直島に)生み出そうと動いてきました。その根底に瀬戸内の魅力と現代アートの力を信じていた福武の思いがあります。プロジェクト黎明(れいめい)期から“世界に向けて”と話していますが、当初は誰も信じていませんでした」

マスタープランを描かず、そのときのベストを積み上げていくことで生まれた施設やコンテンツが、結果として既存のものを補完する役割にもなったようです。

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家プロジェクト『碁会所』はかつて囲碁を打つ空間であった。島の歴史や風土と近い関係性を結んでいる。(『須田悦弘“碁会所”』Photo Osamu Watanabe)

「たとえば98年にスタートした〝家プロジェクト〟では、集落内の家そのものをアート空間に仕立てました。これにより地域の歴史や人々の暮らしと現代アートを結ぶことが実現しました。直島では単にホワイトキューブのなかでアートを伝えるだけではなく、自然の魅力や地域の持っている歴史、人々の暮らしへとつなげています。島に渡るというのはちょっと独特な行為となりますよね。アートの力を信じながら、他にはない体験を提供できているように思います」

島に渡って現代アートを見るという、ドラマチックな体験を通して歴史や人々そして風土とつながる。それは直島に続き豊島(てしま)、犬島、さらに行政を巻き込んだ瀬戸芸へと広がっているのです。

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李 禹煥の『無限門』(2019)は、直島から望む瀬戸内海へ開かれた門のように展示。ここでは瀬戸芸期間はもちろん、常設でダイナミックな作品展示のアートを鑑賞できる。Photo Tadasu Yamamoto

最後に、瀬戸芸からの波及をひとつ紹介したいと思います。NPO男木島生活研究所を運営する福井大和さんは、大阪でデザイナーをしていましたが、瀬戸芸をきっかけにUターンしました。現在は移住者の支援など、男木島の課題解決も積極的に行っており、休校だった小中学校の復活や人口増加も実現。同様の問題を抱える自治体などからも、注目をされています。

13年に移住を決意し、現在は妻と一緒に図書館と、移住のトライアルになるようなゲストハウスの運営などをしています。移住を決めた当初、島の人口は100人を切っていました。現在は二拠点の人を合わせると145人に増えています。都市でデザイナーをやるのはほかの人でもできますが、この島の課題を解決するには私がここで働きかけなければ、という思いがありました」

開催当初から「海の復権」を掲げる瀬戸芸。産業発展のために損な役回りを押し付けられていた瀬戸内の復権は、広い海原を望む意味だけではありません。島で暮らす人々の営みにも及んでいるのです。

瀬戸内芸術祭12

瀬戸内国際芸術祭2025
春:2025年4月18日~5月25日(終了)、夏:81日~31日、秋:103日~119
問/瀬戸内国際芸術祭実行委員会事務局 087-813-0853

「アエラスタイルマガジンVOL.58 SPRING / SUMMER 2025」より転載

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