週末の過ごし方
スタンドアローンで
日本の伝統工芸を世界の宝へ導く
【センスの因数分解】
2025.06.25
“智に働けば角が立つ”と漱石先生は言うけれど、智や知がなければこの世は空虚。いま知っておきたいアレコレをちょっと知的に因数分解。

都内にあるヴィンテージマンションの一室、扉を開くと香を焚(たき)しめた気配を感じ、掛花入れの一輪の花と目が合いました。
ここは伝統技術ディレクターの立川裕大さんが立ち上げたレーベル『AMUAMI』の庵。無駄が排除された空間に、オブジェや照明などがディスプレーされ、美しい景色を生んでいます。

「AMUAMIとは〝編阿弥〟の意味で、“阿弥”とは中世に生まれた、技芸を極めた半僧半俗の芸能者の総称です。彼らの美意識と目利きの力が職人の技を引き出し、文化へと昇華してきた歴史があります。私は古いものと新しいもの、自然と技術などを編み上げることで、500年後も多くのそして世界の人を引き付けるものを日本から発信したいと思っています」

株式会社t.c.k.w代表取締役。伝統技術ディレクター。全国の伝統の匠と現代建築やラグジュアリーブランドをつなぐ役割を先駆的に行ってきた。2023年新たな試みとして『AMUAMI』を立ち上げる。
ラグジュアリーインテリアブランドのカッシーナからキャリアをスタートさせた立川さんは、長崎生まれ。物心ついた頃から異文化やミックスカルチャーと触れ合ってきました。そんなバックグラウンドを抱き、ミラノサローネなどでじかに見聞きした有名デザイナーからの言葉や姿勢を指針として独立しました。
「キャリアの初期に、デザインの世界の巨匠たちから薫陶を受けたことは大きな財産です。彼らは異口同音に“社会や文化を見据えて仕事をすること”と“日本人であることに自覚的になること”の重要性を私に伝えてくれました」
程なくして目黒にあったリノベーションデザインホテルの先駆け、ホテルクラスカの立ち上げに参画。分断されていた伝統工芸とモダンデザインの融合の立役者かつトップランナーとして知られています。

一般的には、ものをつくる人だけいればよし、そこに技術があればよし、と思われることがほとんどでしょう。しかし日本初のレーベルで知られる楽の茶碗は、利休というプロデューサーでありブランディングディレクターがいなければ生まれていません。「つくる人と使う人の間を担う存在こそが、数百年にわたって生きる価値をつくりだす鍵である」。これは立川さんが師とあおぐ人物の言葉だそう。彼はその言葉を胸に、世界へ向けて新たな宝を創造しようとしています。そんな技とセンスをつなぐことを立川さんは「編集の力」と表現します。

「全国の伝統工芸の規模は、あるヨーロッパのラグジュアリーメゾンの規模より小さいです。しかし日本ほど多様な伝統技術が残っている国はありません。足元にあるものは、ヨーロッパに決して負けていない。技を極め、文化的背景をすくい上げて編集し直せば、ラグジュアリーマーケットにコミットできるはず。そこが『AMUAMI』が目指すところです。だからこそ、日本という国をどう解釈し、表現するかが重要なんです。
またライフスタイルの中でそれらがどう生き生きと存在するのか。欧米のラグジュアリーブランドが得意とするようなプレゼンテーションが、日本で用いられているケースも少ないですね。この市場で存在感を高めるためには、想像力をかき立てる方法も必要ではないかと考えています」

海外ラグジュアリーブランドのほうが、阿弥や利休のような存在の重要性に気づいているのかもしれません。しかし日本には、かつて文化の担い手として確かに存在しました。立川さんはその領域に、インディペンデントなアプローチで挑んでいます。

「夢は職人たちと未来の国宝となるほどのものを手がけること。そしてこの国を工芸大国にすることができたら本望です」